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社会潮流への洞察:最近の同調圧力に関する報道について ~同調圧力の顕在化メカニズム仮説~

年が明けても、新型コロナウイルスの感染はいまだ収束が見えない状況にあります。このような現状に伴い、メディアの報道記事で「同調圧力」という言葉が使われる件数が増えてきました。過去10年の検索件数の推移を見ると、年々増えてきていましたが、特に2020年には1,307件(前年比2.4倍)と急増しています(表1)。「同調圧力」に対する関心が徐々に集まりつつあった中で、昨年発生した新型コロナウイルスにより、関心が加速しています。

同調圧力の表と裏

この「同調圧力」という言葉は、ネガティブな意味で使われるのが一般的ですが、言葉の定義を改めて確認すると、「集団での意思決定の際に、多数派の意見と同調させるように作用する暗黙の圧力」(三省堂大辞林第四版)とあります。「暗黙の圧力」という言葉からも感じられますが、「同調圧力」とは、自分の考えとは異なる判断基準を、他者から押し付けられ、その他者から押し付けられた判断基準に基づいて実際に行動せざるをえない時に感じるものであると捉えることができます。この時、なぜ、他者から押し付けられた判断基準に基づいて行動せざるをえないかというと、他者が多数派であり、その多数派の判断基準に従わないと、何らかのペナルティ(例えば、多数派から非難・批判され、結果として自身の評判に傷がついてしまう等)を被ると個人が「感じてしまう」からということになります。

上記の定義を見てもわかる通り、「同調圧力」という言葉は、少数派の視点に立った言葉であり、多数派と同調せざるをえない「少数派」に属する個人が感じるものです。逆に、これを多数派の視点で見ると、また違った風景が見えてきます。多数派の立場でみると、多数の意見に従わない「少数派」は、「自分勝手」であり「集団全体のことを考えていない」というふうに捉えられます。例えば、皆が一致団結して危機を克服しなければならないという状況の時には、「少数派は、なぜそれに同調しないのか」という心情を持つでしょう。

東日本大震災後に「絆」というキーワードが浸透しましたが、これも大震災という国難を克服するために国民全体が一致団結して「乗り越えていくべき」という社会規範が形成され、その規範を象徴する言葉が「絆」であったものと思われます。この場合、多数派は、「絆」を通じて連帯意識を高めていくべきという規範を有しますが、何らかの理由で「絆」に同意しない少数派が存在する場合、多数派は少数派に対して「連帯意識を高めていくべきである」という同調を求めます。この時、少数派から見ると、多数派の「絆」という規範は、「少数派に対する同調圧力」になります。震災後の日本人の一致団結した利他的な行動を称賛した海外メディアもありましたが、この利他的な特性と同調圧力とは表裏一体の関係にあるのではないでしょうか。

同調圧力の顕在化メカニズム

「利他」とは、「自分を犠牲にしても他人の利益を図ること」(三省堂大辞林第四版)と定義されていますが、この利他的性質のことを利他性と言います。利他性を有する個人は、自身の利益最大化のための利己的判断のみならず、自己の利益を減らしても他者の利益のために行動すること、そして、集団全体の利益を優先するための何らかの規範が存在するとき、その規範に逸脱する行為をした個人に罰(ペナルティ)を与える行動を行うことが、複数の研究結果で報告されています。

現在、進化生物学や心理学領域をはじめとして、利他性の研究は多岐にわたっており、さまざまな仮説が提示されています。まだ定説が確立されていない状態ですが、同調圧力について考える場合、「偏狭な利他性(Parochial altruism)」という言葉がキーワードとして挙げられます。この「偏狭な利他性」とは、自分が属する集団内では利他的行動を積極的に行うが、他集団には敵対的となる性質を指します。この「偏狭な利他性」が過度に強くなると、自分たちが属する集団の利益を優先し、そのために自身は献身的に協力しますが、集団の利益を優先しない集団内の人たちを過度に糾弾する(ペナルティを与える)ようになり、同時に、他集団に対する攻撃性が増します。この集団が多数派であれば、少数派に対する同調圧力が強くなります。

日本社会が諸外国と比して利他性が強いか否かについては学術的研究において明確な結論は出ていませんが、いわゆる日本人論的な文脈においては、山本七平氏の著書である『空気の研究』(文藝春秋)に代表されるように日本社会が「同調圧力が強い社会である」ということが以前から語られており、一般の人が有する日本社会へのイメージも同様だと思います。ではなぜ、ここ10年ほどでマスメディアの報道記事で「同調圧力」という言葉が使われる頻度が増加した(関心を持つ人が増えた)のでしょうか?

集団の人々全員が完全に同意する規範が存在した場合、それは社会的コンセンサスが完全に取れているということであり、そこには「同調圧力」は発生しません。しかしながら、0.1%の人がその規範に同意しなくなった場合には、0.1%が少数派となり、その少数派は同調圧力を感じるようになります。集団全体は0.1%の人たちに注目を集めませんし、「自分勝手」、「集団のことを考えていない」という認識で異端児扱いされて終わってしまうでしょう。0.1%の少数派も、自分たちへの多数派からのペナルティを恐れて積極的に意見を発出することはしません。つまり、「同調圧力」は集団内で顕在化されないことになります。仮にこの規範に賛同しない人が20%にまで増えた場合はどうなるでしょうか。ここまで増えると、20%の少数派の意見も関心を集めるようになり、マスメディアの報道に取り上げられる可能性も出てきます。少数派が取材を受けると、多数派を形成する規範への反動として「同調圧力を受けている」という訴求をすることになるでしょう。ここで「同調圧力」は社会的に顕在化されます。

「同調圧力」に関する報道が増えているのは、日本社会において「同調圧力」が強まっているのではなく、さまざまな規範に同意する多数派が従前より少なくなってきており、同時にこれまで規範に対する異論を唱えられなかった少数派が、異論を唱えられるほど増えてきたという解釈が成り立ちます。その結果として、「同調圧力」という言葉が報道で使われる回数が増えてきているのではないでしょうか。

同調圧力の顕在化は日本社会における規範変化の表れ

同様の発想で、2020年より世界的に猛威を振るっている新型コロナウイルス下における日本社会の状況を見ると、未知のウイルスということで全体的な意見集約がされず、国民それぞれがさまざまな意見を持っているように思えます。

例えば、「自粛」に関してみると、総じて「自粛する必要はある」という社会的コンセンサスはある程度浸透しているように思われますが、それに賛同しない少数派も一定の割合で存在しています。少数派がそれなりの割合で存在しているがゆえに、多数派に対する反対意見として「同調圧力」という言葉が用いられているのではないか、その結果として報道が増えているのではないかという仮説が成り立ちます。

当社では、20204月に「新型コロナウイルスに関する生活者調査」を行いました。その中で「自粛」に対する意見を聞いていますが、その回答の性・年齢別(20/30/40/50/60代の男女別の10カテゴリ)の回答割合でもそれぞれのカテゴリにおいて相応の乖離が見られます(表2:カテゴリ別の最大値と最小値の乖離幅をグラフ化)。

これを見ると、最大値と最小値の間には、おおむね25pt前後の意見の乖離が存在しており、少数派による「同調圧力を受けている」という意見も顕在化しやすい状況にあるのではないでしょうか。

 新型コロナウイルスに限らず、ここ数年で日本社会のさまざまな規範が急速に変化しつつあります。例えば、40代以上のビジネスパーソンは自分が就職した時と現在の職場規範が大きく変化していることを実感できるでしょう。20年前はさまざまな職場規範が「当たり前」として認識され、それに疑問を呈するものではないという感覚を多くの人が持っていました。しかしながら、「当たり前」の規範に疑問を持つ少数派が徐々に増えていき、これまでの「当たり前」に賛同する多数派からの「同調圧力」が顕在化した時期を経て、今ではこれまでの「当たり前」の職場規範に賛同する人の方が少なくなり、新たな規範が形成されるに至っています。「〇〇ハラスメント」の多くはその経緯をたどってきたのではないでしょうか。

 今後は、今までの「当たり前」に賛同する多数派がさらに少なくなり、これまでとは異なる多数派が形成され、新たな「同調圧力」が生まれる可能性があります。もしくは、多数派が形成されず、複数の少数派が「偏狭な利他性」を発揮して、集団間での対立が深まる可能性もあります。企業や公的組織が社会に対して情報発信をする場合でも、どのような規範が現在多数派なのか、少数派はどういった意見を持っているのかといった多様な価値観で構成されているという前提で社会的潮流を見極め、情報発信を行うことが求められてきているのかもしれません。

(注)

・表1グラフは、日経テレコンによる「同調圧力」を検索語とした「新聞」/「雑誌」カテゴリの記事検索結果の時系列推移になります。

・表2グラフは、当社が2020515日に公表した生活者調査の調査結果によるものです。https://ozma.co.jp/announcement/news-20200515/

【調査概要:新型コロナウイルスに関する生活者調査】

*調  査  日:2020424日(金)~2020426日(日)

*調査方法:インターネット調査

*調査対象:全国20代~60代男女1,000名(性年代均等に100名ずつ)

*調査主体:株式会社オズマピーアール、および株式会社ネオマーケティング

※本コラムは執筆者の個人的見解であり、株式会社オズマピーアールを代表しての見解ではありません。

【社会潮流研究所 主任研究員 古橋 正成】

国内大手証券会社にて投資銀行業務に従事後、グローバルPRファームにてコーポレートPR/IR戦略、M&Aコミュニケーション、パブリック・アフェアーズ、クライシス・コミュニケーション等の各種コンサルティング案件を多数主導。

2015年、当社入社。

コーポレートコミュニケーションに関する各種コンサルティング業務、経営企画業務に従事

【問い合わせ先】
株式会社オズマピーアール 広報室
kouhou@ozma.co.jp

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