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「あなたが気にしなければ、『見た目問題』は存在しない」 ~当事者たちの現在地(下)~

総合PR会社オズマピーアールとグループ会社のヘルスケア領域専門PR会社ジェイ・ピーアールは、PR会社としての知見とネットワークを活かし、様々なヘルスケア領域に関わる組織・個人と一緒にコミュニケーション課題の解決に取り組む「テトテトプロジェクト」を展開しています。
本コラムでは、プロジェクトの一環として、患者さんやそのご家族、治療に携わる医療従事者の生の声を聞き、その声を広く届けることで、より良いヘルスケア・コミュニケーションの確立を目指しています。

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タガッシュさんのお母さんは、24年前、我が子が生まれてきた時のことを昨日の出来事のように覚えている。すべての母親がそうであるように、彼女もまた、初めての赤ん坊との出会いを心待ちにしていた。

生まれてきた我が子は、特徴的な唇をしていた。福祉の仕事に携わっていた彼女は、すぐに事態を理解したのだという。

「最初はびっくりしましたが、小さくてかわいい手足を見て、心から愛おしいと感じました。仕事柄、口唇口蓋裂という病気の存在は知っていたので、娘が生まれてきた時は、『私のところに来たのね』と思いました」

驚きの気持ちはすぐに切り替わった。手術をすれば症状が緩和することも、仕事の経験から知っていた。一方で、彼女自身の気持ちとは裏腹に周囲は戸惑いを隠せなかったそうだ。祖母たちに娘が誕生したことと共に、口唇口蓋裂を抱えていることを伝えると、「うちの家系にはいなかったのに」と口にしたことを未だに覚えている。

タガッシュさんは生まれてまもなく保育器に入り、そこで3ヶ月ほどを過ごした。その間、周囲からは口を開けば病気の話ばかり。「でも、実際に娘に会うと、皆、口を揃えて『かわいい』と言うんです」。

苦労は、周囲の反応への対処だけではなかった。当時は、口唇口蓋裂に関して入手できる情報は限られており、英語で書かれた海外の情報に当たる必要があった。
また、治療できる場所も限られていた。口唇口蓋裂は、合併症を伴う場合があり、タガッシュさんの場合は、心臓にも病気を抱えていた。当時は国内でも東京と、大阪の2箇所でしか手術を受けられなかった。先に心臓を手術しなければならず、唇の手術が行われるまで、一年近い時間を要した。

幸いなことに、手術後の心臓の症状が安定していたタガッシュさんに対して、お母さんはできるだけ「普通の子育て」を心がけた。

成長して、小学校の高学年になった頃、タガッシュさんの様子がおかしいことにはすぐに気づいた。「娘はいじめがあっても、あまり多くは語らないんです。ただ、口数が少なくなるので、すぐに何が学校で起きているかは気づいた」。
それでも、お母さんは、症状があることを特別視せずに、タガッシュさんに接し続けた。一方で、こうも告げた。「学校がすべてではないよ。嫌ならば、学校に行かなくてもいいから」。いじめがひどくなった中学時代、時には学校の教師に代わり、彼女自ら英語を教えることがあったという。

「普通の子育て」を心がける中で、一つだけタガッシュさんに伝えていることがあった。

「娘には小さい頃から、病気のことを本人に伝えていましたし、自分で説明できるようにしていました。あえてそのことに触れないで育てる方もいると思いますが、思春期になって自分の病気を初めて知り、何か周囲に言われても言い返せないのは本人がもやもやしてしまうと思ったんです」

どうして唇に傷があるのかという質問には、「生まれる時に唇がくっつかなかったから、手術してもらったんだよ」と説明できるよう、繰り返しタガッシュさんに教えた。

「本人が理解して言葉にできれば、それは悩みではなく解決できる課題になると思うんです」。

自身の子育てについて、「本当に自然に子育てした。苦労したと感じたこともない。」と語る一方で「ショックで子育てできない、自分の子供を愛せない人もいる」という。
同じ境遇の中で思い悩む母親たちがいるのも現状だ。

「ただ、、、」と言葉をつないで、最近のあるエピソードを教えてくれた。

「デパートで口唇口蓋裂の赤ちゃんを乗せた、ベビーカーを押しているお母さんの姿を見かけたんです。手術する前の唇を隠すことなく、外出しているその姿にとても驚きました。私の場合、娘がまだ手術を受ける前は、唇を寄せるために絆創膏をしていましたが、それを外して外出したり写真をとったりという発想がなかった。もっと絆創膏を外した娘の写真を残してあげたかったなと思ったと同時に、そうやって口唇口蓋裂であることを隠さずに堂々と外に出ている親子を見て『未来は明るい』と思いました」―。

実は、タガッシュさん自身も20歳を迎えた年末を最後に、手術を受けていない。
口唇口蓋裂の患者さんの中には、見た目の症状の改善のために手術を繰り返し受ける人も少なくない。彼女自身も幼少期からすでに手術回数は9回を超えていた。その手術は、顎を切り、ネジを埋め込むなど、激しい痛みを伴う。
インタビューの終盤、手術を最後と決めた理由を本人に聞いたら、記事の冒頭の答えが返ってきた。

「周りの人々が私の見た目を気にしないでいると、私自身も気にならなくなるんです」

彼女の言葉からは、「見た目問題」が当事者「個人」が抱える問題ではなく、この社会の「あり方」の問題であることが透けて見える。当事者の一人である彼女は、高校時代に見つけた自分の「居場所」を、社会の中で広げている。彼女が自身の「見た目問題」に答えを出した今、ボールはこの社会側にある。

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