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(1)ルール形成で新たな市場の牽引役となる【前編】“誰も食べたことのない食品”の市場をつくる——培養肉におけるルール形成の道筋

2021.10.01広報担当

 

 

 

 環境、人権、ジェンダーなど取り組むべき社会課題が山積する中で、ポリシーセクターやソーシャルセクターといった非市場領域と連携し、社会課題解決力を内包したビジネスモデルへの変革を提唱するソリューション「ルール形成」が今、注目されています。

 私たちオズマピーアールでも、パブリックアフェアーズ(PA)を担当する専門チームを立ち上げ、PAとPRを掛け合わせた「ルール形成コミュニケーション」の提供を開始しています。

 今回、経営におけるルール形成の必要性をより多くの方にお伝えしようと、弊社PAチームのメンバーがホストとなり、ルール形成の最前線で活躍されている方々をゲストに迎えた対談コラムを複数回に渡ってお届けします。

 第2回は吉富愛望アビガイルさんをお招きしました。多摩大学ルール形成戦略研究所が創設した細胞農業研究会で広報委員長を務める吉富さんと弊社五十嵐が、新しい市場づくりとルール形成について語り合います。

 

 

【対談】

吉富愛望アビガイル 氏(多摩大学ルール形成戦略研究所 細胞農業研究会 事務局広報委員長)

五十嵐匠(オズマピーアール パブリック・アフェアーズチーム)

 

 


(1)ルール形成で新たな市場の牽引役となる 
【前編】“誰も食べたことのない食品”の市場をつくる——培養肉におけるルール形成の道筋


 

■新規食品「培養肉」のルール形成のための研究会を創設

五十嵐匠(以下、五十嵐):吉富さんは多摩大学ルール形成戦略研究所の細胞農業研究会で広報委員長を務めていらっしゃいます。まず細胞農業研究会の活動について聞かせてください。

 

吉富愛望アビガイル(以下、吉富):「細胞農業」とは、動物や植物などから細胞を取り出して、生体外で培養させて資源を生産する技術です。その中でも、細胞培養で食品を生産する技術の開発は急速に進展しており、各国の企業が熾烈な競争を繰り広げています。

細胞農業は環境負荷や食糧危機、国内の食料自給率の低さなど、現在そして将来にわたって起こりうるさまざまな食糧問題に対し、大きなインパクトを与えると期待されています。

すでにシンガポールでは細胞培養チキンが販売されていて、その他いくつかの国でも、数年以内に細胞農業食品を市場投入する段階に入っています。

細胞農業研究会は、細胞農業食品——ここでは「培養肉」と呼びます——に関する国内でのルール形成を進めるにあたって、政・産・学・官の取りまとめを担っています。

培養肉や細胞の培養液を開発する企業はもちろん、食品を取り扱う企業やその関連企業、アカデミア、NPO、そして関係省庁や議員も参画しています。国内だけでなくアメリカ、オランダ、シンガポール、オーストラリア、イスラエルといった海外からの参画もあり、70以上の団体がメンバーとなって、さまざまな議論を進めているところです。

 

 

五十嵐:なるほど。研究会は民間企業が主体となっているのでしょうか。

 

吉富:培養肉に関連する業界の意見をさまざまな角度から集め、まとめていくのがミッションですので、民間企業がベースではあります。ですが同時に細胞農業研究会は、農林水産省が立ち上げた「フードテック官民協議会」の細胞農業ワーキングチームとしても活動しています。単に業界の意見を取りまとめるだけでなく、それをもとに、実際に関係省庁とも議論ができる土台は備わっています。

 

五十嵐:吉富さんは広報委員長を務めていらっしゃいます。私たちの業務とも重なる部分が多いのではないかと思いますが、どのような活動をされているのですか。

 

吉富:主には研究会内で国内外の企業とコミュニケーションをとり、日本で培養肉を販売していくにはどういったルールが必要か、意見や要望をヒアリングし提言書に落とし込む役割です。

そのほか関係省庁やメディアなどに向けた情報発信活動もしています。これまでOECD主催のイベントや、ワールドエコノミックフォーラムと農林水産省の共同開催イベントなどに登壇し、培養肉とは何か、普及に向けた課題などをお話してきました。フードテックや培養肉の分野に興味のある議員の方向けに勉強会も開催しています。

また、研究会のメンバーは食品会社だけでなく、計測機器、調味料、製薬会社、その他細胞の保管や培養機器に関する技術を有する企業など、多岐にわたります。培養肉開発の中心地にいる企業だけでなく、その周辺の企業向けにも、培養肉がどんなもので、どんなステークホルダーが関わっているのか認識する場にもなっています。研究会内で新たなアライアンスやプロジェクトが生まれたら嬉しいですね。

 

■“誰も食べたことのない食品”を受け入れてもらう素地をつくる

五十嵐:まさにパブリックリレーションズ全般を担っていらっしゃるのですね。活動している中で感じている課題などもあればお聞かせください。

 

吉富:そもそも、培養肉を食べたことがあるという人がほぼいない中で、まったく新しい食品について訴求しなければならないというのが、私たちが今おかれている状況です。イメージ戦略においては、既存のものを扱うよりもいっそう注意深くならなければならないと痛感しています。

 

五十嵐:どんなことに留意しているのでしょうか。

 

吉富:初めて培養肉の情報に触れる人がどう感じるかを常に意識しています。たとえば記事を書く際にも、シャーレに乗った生肉の写真を使うのと、おいしそうに料理された肉の写真では、受ける印象はかなり違うものになると思います。言葉の端々にも気を配るようにしていますね。

環境負荷や食糧問題に関する価値を伝えるのも大切ですが、結局のところ「食べてみないとわからない」というのは当然の興味です。

 

五十嵐:実際に試食していただける機会がない中、イメージをつかんでもらうのはなかなか難しいですね。

 

吉富:そうですね。試していただく機会がない中で新規産業をプッシュしていくのは難しく、いつも試行錯誤ですが、おろそかにしないように留意しています。

また、新しい技術や産業を社会に浸透させていくにあたり、ステークホルダーや生活者に共感してもらうために重要なのは、透明性と一貫性だと考えています。

特に培養肉は、人が口に入れるものです。細胞農業研究会内では、安全性の基準に関して生活者に丁寧に説明をしていくことを心がける、という意識を共有しています。「省庁から承認が下りているからOK」というだけにとどまらず、企業としてどのように社会的責任を果たし、安全基準を設けているのか、透明性をもって伝えていくことが大切です。

次に一貫性という観点です。すでにシンガポールで販売されている細胞培養チキンの製造販売では、輸送や梱包資材などにも気を配って環境負荷の少ない方法を採用しています。これは非常に重要なことで、いくら「環境に良い」といわれる商品であっても、生活者に届くまでのプロセスに環境への配慮がなければどうでしょう。「サステナビリティを標榜しているけれど一貫性がない」とその企業姿勢に疑義をつきつけられ、その評価は一気に拡散してしまいます。この点についても、各企業に対して強く意識してもらうべく議論されています。

 

培養肉ステーキ(Aleph Farms社提供)

 

五十嵐:私たちPRパーソンが、新しいサービスを浸透させていくにあたって感じている課題と重なる部分も多いですね。

企業側が発信したいと思う情報をそのまま伝えても、生活者や業界、政治家など立場によって受け取り方は異なります。同じ言葉で話せば一方には支持されても一方は抵抗感をおぼえられるということも少なくありません。それぞれのステークホルダーに合わせて情報を編集し、受け取りやすい情報に変えて発信するのが私たちの役割でもあります。

企業の透明性は、最近になってどの企業も取り組むべき課題として重視されるようになってきました。生活者にとっては、商品やサービスの機能の優れたところだけでなく、「試してみたい」と思うに足る安心感も重要なポイントですね。

 

吉富:おっしゃる通りです。培養肉の業界はまだ小さく、今、どこか一社がコミュニケーションを失敗すれば、業界全体にとって壊滅的な影響が及んでしまうような段階です。業界の黎明期から、関わる企業一社一社が意識していくことが大切なのです。

 

■海外の動向と日本での応用、挑戦

五十嵐:海外ではいくつか、培養肉の販売に向けて動いている国があるとのことでした。すでにルール形成は進んでいるのでしょうか。

 

吉富:先ほどもお話しした通り、シンガポールではすでに承認されていて、マリオットホテルのレストランで提供されているほか、フードデリバリーサービスを通じて一般消費者にも販売されています。売れ行きは好調と聞いています。

アメリカでは支持層も多いが反対層も多いようです。特に畜産ロビーが非常に強く、その中でどうルールが作られていくのかが注目されるところです。

イスラエルでは食料安全保障の観点から国が培養肉関連企業を応援しています。海外向けに培養技術を提供していくことを見据え、国内での承認よりは展開先の国々で承認が進むことを重視しているようです。

 

五十嵐:先行しているシンガポールの事例を、日本のルール形成にも応用できるものなのでしょうか。それともまったく事情が異なるので難しいですか。

 

吉富:シンガポールも日本と同様、食料自給率の課題を抱えており、その解決策として培養肉には大きな期待が寄せられています。培養肉だけでなく植物性の代替肉なども含めて、新規食品のルール形成が推進されてきました。同じような課題背景をもつ国として、参考にできる部分はおおいにあります。

一方で、日本独自の特徴としては、世界的にもブランド力をもった国産の畜産物や農産物が多くあるという点です。ブランド和牛や地場の野菜、魚などさまざまな食材がある中で、どのように培養肉産業を拡大していくのかが問われます。

日本にまったく関係のない肉の細胞を使用して生産した培養肉に対して勝手に「和牛培養肉」と名付けて商標等を取られてもいいのか。和牛の細胞を使って海外で培養肉を生産した場合、和牛畜産農家を保護する施策はあるのか。おいしい牛肉やサーモンの細胞を提供した者に対して、利益が還元される仕組みが作れるのか——関係する畜産農家や漁業従事者に対して、どこまでルール形成で真摯に向き合っていくかは、彼らにどう受け入れられるかに大きく影響してきます

 

 

五十嵐:ステークホルダーを巻き込んだルール作りをやっていかないと、あるところでは利益を生む一方で、大きな不利益をこうむるところも発生してしまう……ルール形成では綿密に考えなければならないポイントですね。

 

吉富:ステークホルダーが多ければ多いほど、それを集約した大義はどこにあるのかを探っていくとなると、焦点がぼやけてしまいます。提言書を取りまとめる際には、ただ意見を集約するのではなく、提言書作成の目的を設定し(日本の食領域が国際競争力を持つためのルールを作る)、そのために必要な施策案をドラフト・取捨選択したうえで研究会メンバーに見ていただいています。培養肉業界が一方的に盛り上がればいいというのではなく、「日本の食領域が国際競争力を持つため」という目的を設定することにより、環境問題への関心が高まり代替肉市場が盛り上がる激動のグローバルな食領域の動き中で、中長期的に我が国の食産業の利益を最大化し、かつ損する人を最小限に抑えたいという想いがあります。

我々のルール形成活動について外部へ発信する際も、日本の食領域そのものが国際競争力をもつための一手段として発信しています。

食の領域において日本が持っているソフトパワーは素晴らしいものです。ミシュランの星を世界で一番とっている国でもあり、いいシェフが揃っているので新しい価値をもった食材を訴求できる場もあります。

食材の観点でいっても、職人気質をもった畜産農家さんや、経験豊富な漁業関係者もたくさんいらっしゃいます。彼らの技術をなくさないように、新しい培養肉産業の中でも評価されるような仕組みを作っていきたいと考えています。

 

 

 


 

吉富愛望アビガイル
多摩大学ルール形成戦略研究所 客員研究員/細胞農業研究会 広報委員長

欧州系投資銀行のアナリスト。
イスラエル出身。早稲田大学と東京大学大学院にて原子核物理学・低温物理学を専攻。

新興産業育成のエコシステム形成の観点・ルール形成の観点で、ブロックチェーン技術に関わるベンチャー企業にて海外案件のプロジェクトマネジメントに従事、イスラエル国防軍のS A R – E L プログラムに参加、多摩大学大学院にてルール形成戦略コースを修了。また、日本のソフトパワー研究として、伝統産業をテクノロジー活用で育成する会社への参画を経験。

現在は、外資系グローバルM & A アドバイザリーのアナリストとして国際M & A と経済安保の観点から日本の国際的アドバンテージを高めるべく探究と実践に取り組んでいる。その傍ら、日本の食産業の育成や、食料自給率向上という安全保障の側面から、培養肉のルール形成を行う細胞農業研究会の運営に参画している。

C R S 細胞農業研究会事務局広報委員⾧として、「培養肉・植物性タンパク質業界ニュースレター」を配信中。ニュースレターでは、細胞農業の主な議題である培養肉を取り巻く国内外の資金調達・ビジネス環境・規制・消費者コミュニケーション等を中心に、培養肉業界に影響を与える代替タンパク質業界の動きも合わせて配信している。

 

 

五十嵐匠
オズマピーアール パブリック・アフェアーズチーム

2016年株式会社オズマピーアール入社。これまで商業施設や大型テーマパーク、消費財、地方自治体、I T 、製薬会社、自動車などを担当。テーマパークでは、4 年に渡り開業P R から広報事務局業務、年間広報戦略立案に従事。外資系企業も多く担当し、世界的なソーシャルネットワーキングサービスのP R では、コンシューマー・ポリシー・ダイバーシティ& インクルージョンの各領域でプロジェクトリーダーとして数々のプロジェクトを手掛ける。「PRアワードグランプリ2020」シルバー 、「PR Awards Asia 2020」ヘルスケア部門ゴールド/パブリックエデュケーション シルバーを受賞。

 

 

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