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PROJECTプロジェクト紹介

災害復興支援プロジェクト:SNSプラットフォームが被災地コミュニティをつなぐ

PROJECT2SNSプラットフォーム 災害復興支援プロジェクト

私が担当するSNSプラットフォームは、グローバルで展開し世界中で多くの方に利用されています。そこでは日々たくさんのコミュニケーションが生まれています。特に2018年は、日本にしっかりと根付いていけるよう、企業としてもより日本にフォーカスした戦略を掲げました。

大規模な利用者を抱えるプラットフォームであることから、フォーカスする領域そして課題に対する捉え方も大きいです。高齢社会や地方の人口減少、男女格差、自然災害など日本が抱える課題の見方を変えることをテーマに、このプラットフォームを活用して、利用者に対してどのようにコミュニケーションをしていくかを日々考え、取り組んでいます。

高校生の時に福島で痛感した、災害時の安否確認手段の大切さ

プラットフォーム上でさまざまな機能やサービスを展開する中でも、日本のある出来事がきっかけで開発されローンチし、現在は世界でも利用されるサービスがあります。2011年に起きた東日本大震災をきっかけとした災害時の安否確認の機能です。

国連大学が発表する「世界リスク報告書2016年版(WRI)」では、日本は「自然災害に見舞われる可能性」で4位に位置づけられています。欧米の先進国の多くのWRIは100位より下位であり、先進国としては突出した存在です。前述した東日本大震災をはじめ、阪神淡路大震災や熊本地震、西日本豪雨など、平成は多くの自然災害に見舞われました。

福島県出身である私も、高校生の時に震災の影響を受けました。当時は今ほどスマートフォンやSNSが普及していないので、情報を得るのはテレビがほとんどでした。発生直後は、電話回線がパンク状態で、自宅にいる祖父母や職場にいる母、東京で働く父にも連絡がつかず、しばらく安否もわからない状況。あの時ほど、早く電話が繋がってほしいと思ったことは後にも先にも無いかもしれません。親である両親はなおのことだと思います。当時この機能があれば、家族間で感じていた不安というものが、すぐに解消できたと強く感じます。

その機能は以降の災害時で活用され、人々の間で良好なコミュニケーションをとることができました。しかし、有事の際に役に立つ機能であるからこそ、一部の利用者だけが使いこなすのではなく、普段からより多くの方々に知ってもらい、そしていざという有事の際に活用するようなきっかけや機会が必要でした。

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3つの被災地をリアルにつないで未来へ活かす

そこで、東日本大震災発生から7年目を迎える2018年3月に、このプラットフォームが主体となったプロジェクトを立ち上げました。“次の災害に備え未来を見据えたコミュニティづくり”をテーマに、震災に見舞われた地域の復興・再建に取り組む福島県、兵庫県、熊本県の3つのコミュニティの取り組みや想いを共有し発信するサミットを開催。それぞれ、被災から復興へのフェーズが異なるこれまで被災地を超えて共有されにくかったコミュニティをつなぐことで、日本で多発する災害からのナラティブを共有する機会を設け、本サミットから災害に備えることの重要性を考えるきっかけになることを目指しました。

現地の想いやニーズと、利用者の共感や支援の気持ちをつなぐ

また、それぞれのコミュニティが発信する取り組みや想いをプラットフォーム上の公式ページで紹介し、閲覧した人々のエンゲージメント数に応じて、寄付を行うプロジェクトも発表しました。被災地に寄付をするという漠然とした行為から、人と人との間につながりを生み出すことができるプラットフォームだからこそ、利用者の共感や支援したいという気持ちや想い(=エンゲージメント)を寄付という形に変えて、それぞれの地のコミュニティに届けようというスキームを考えました。

それぞれの、コミュニティが今後の復興に向けて課題となる点を明確にし、また、それを記事投稿と動画という手段で発信することで、利用者が誰のどんな活動のために応援したいかというインサイトを健在化したことがポイントだと思っています。結果、多くの方の想いが集まり、寄付という形でそれぞれのコミュニティに届けることができました。

復興のフェーズが異なるそれぞれのコミュニティは、寄付金の用途ももちろん異なってきます。寄付金収集後は、福島県浪江町、兵庫県神戸市、熊本県益城町に訪問し、現地で生活する方々と意見交流会を実施。サミットを開催し、寄付金を募り渡すという一過性のプロジェクトにならないよう、現地での生活者の声を拾い上げ、それぞれのニーズに合った本当の意味での復興支援プロジェクトをスタートさせました。現地の方々に一番喜んでいただけることがしたい、との想いで企画し実現したものです。

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例えば、兵庫県神戸市では、23年前に起きた震災当時の経験や想いを風化させたくない、次の世代へと語り継ぎたいという想いで活動するコミュニティがあります。寄付金を活用したイベントを実施し、リアルの場で当時の想いを発信しました。また、当時震災を経験された高齢の方をはじめ、生活者の多くの方が23年前の写真や動画を保管していました。そこで、より多くの方が当時の状況や様子を観ることができるよう、それぞれの写真や動画をデータ化し、プラットフォーム上で誰でも閲覧しコメントやコミュニケーションを図ることのできる“デジタルアーカイブページ”を開設しました。このページは誰でも、当時の様子を見ることができ、また、自分でアーカイブすることが可能です。ページを周知していくことに加え、コミュニティの代表の方がハブとなって学校でページを活用した震災教育を行うなど、今の時代に合った形で拡がりを見せています。ページを見た高齢の方が喜んでくださっている様子を見たときは自分のことのように嬉しく、心が震えました。

テクノロジー企業が、被災地の現状や人々の想いに直接触れる意義

関わる領域やテーマが大きく、日々貴重な経験と多くの学びがある一方、グローバルかつSNSプラットフォームを展開するいわゆるテクノロジー企業ですので、日々のスピード感とフレキシブルな対応が非常に求められます。また、今回のようなプロジェクトは、企業・自治体・コミュニティ・NGOなど、さまざまなステークホルダーを介するため、それぞれの合意形成を図ることが非常に難しいです。

そのような中でも、自分が経験した想いを乗せてプロジェクトを走ることで、より多くの方に届くものになると思っています。特に今回のプロジェクトでは、テクノロジー企業が実際に被災地に足を運び、生活者の方々と直接触れる機会をつくれたことが非常に重要だと感じています。それは、被災された方をはじめ、コミュニティで活動する方や、ローカルに情報を発信するメディアの方など、多くの方が期待してくれていることを身をもって体感することができました。

また、自分が思っている以上に、デジタルが浸透していないことを肌で感じることができたのも今回のプロジェクトからの学びの一つとなったので、今後の課題として取り組んで行きたいと思います。

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PROJECTプロジェクト紹介

災害復興支援プロジェクト:五十嵐のソーシャルイシューへの挑戦

PROJECT2SNSプラットフォーム 災害復興支援プロジェクト

世界中で利用されるSNSプラットフォームを運営するクライアントが、非常に大切にしている理念に、人と人や、コミュニティとコミュニティをつなぐという考え方があります。クライアントの理念を世の中にしっかり伝え、体現していくことが私たちのミッションです。

そこで、プラットフォームを通して生まれたコミュニケーションやつながりを、平常時だけでなく、震災などの災害時にこそ活用することで、被災された方の思いをつないだり、支援の輪を拡げたりできることを訴求するため、3.11に向けて震災を風化させないための「震災復興プロジェクト」を提案し、立ち上げから行いました。

五十嵐は、彼自身が2011年の東日本大震災の時、福島で被災を経験していることに加え、かねてから、社会性の高い仕事――ソーシャルイシューに関わる仕事がしたいと話していたことから、新たなチャレンジの機会や良い経験になると考え、本プロジェクトを任せることにしたのです。

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クライアントとコミュニティの狭間で、粘り強い交渉の日々

五十嵐の一番の強みは、最後まで粘り強く、相手の気持ちにどこまでも丁寧に向き合いながらプロジェクトを推進できることだと思います。それが誠実や真摯といったクライアントからの信頼にも繋がっています。

本プロジェクトの要は、震災に見舞われた地域の復興・再建に取り組む団体(=コミュニティ)を始め、各地域の様々な生活者の方に向けて、クライアントのビジョンや取り組みに共感・賛同いただき、プロジェクトにご協力いただくことです。SNSプラットフォームを通じて、各地域のコミュニティの方にコンタクトを取り、趣旨説明を行うことでご協力を募り、その後も電話会議などを重ね、意見のすり合わせや実施内容の調整を行います。

今回は、対峙する相手が企業ではなく非営利団体の代表者など、生活者の方なので、対価が発生するビジネス同士の関係以上に、趣旨や意見に共感いただけるかどうかが重要になります。クライアントのミッションと、団体の方々の思い、その両者の意思を汲み取りながら粘り強く交渉することは、非常に骨の折れることだと思います。五十嵐は、プロジェクトを両者にとって最善のものにするため、最後まで諦めない姿勢で取り組みました。

様々なステークホルダーと合意形成しながらプロジェクトを進めることは一筋縄にはいかないこともしばしば。コミュニティの方々は、強い思いを持って活動していらっしゃるので、ある地域でのプロジェクトでは、なかなか意見が合致せず議論が本来の目的から逸れてしまったり、思いが先行して、全体の調整を行う前に行動に移してしまったりする場面もありました。予期せぬ出来事に、当初の方向性を変えなくてはいけないこともあります。

そんな時も五十嵐は「いいですね。でも、例えばこういう方法はいかがですか」と、粘り強く対話を重ね、あるべき道に軌道修正するために丁寧に調整を行いました。あの手この手で対話を重ね、結果的に、プロジェクトを理想的な形で実現にこぎつけたことはもちろん、相手の方からの信頼も獲得し、現在も良い関係を築いています。地域の近くまで来る時には遊ぼうと仰ってくださるほど(笑)。

被災者の感情と向き合い「なぜやるのか?」を自問

五十嵐の粘り強く物事に向き合う姿勢は、対人のコミュニケーションだけでなく、プランニングの場面でも活かされています。

彼が苦労しながらもこだわりを持って取り組んでいたのが、本プロジェクトをどのようなスキームで、どのような表現をすれば、被災地の生活者やメディアに共感していただけるのか、ということ。震災の被害に見舞われた方、被災地で生活する方の気持ちを理解し、相手の立場に立ってプランニングやコミュニケーションを考えるためには、非常にセンシティブにならなくてはいけません。彼はそこに一番難しさを感じ、心を砕いていました。民間企業が被災地で復興支援を行うことは、伝えたいメッセージがなかなか伝わらなかったり、正しく理解されなかったりする難しさもあります。それを避けるため、五十嵐は「なぜクライアントがこのプロジェクトをやるのか」の「なぜ」に徹底的に向き合い続けました。

印象的なのは、五十嵐からイベントの座組みやプログラムについて進捗の報告を受けた際、「でも、このままではこれをクライアントがやる意味とか、クライアントのメッセージが伝わらないんですよね」「もう少し考えます」とよく言っていたことです。メンバーの誰よりもクライアントのミッションや、生活者に提供したい価値を理解し、体現しようとする姿に頼もしさを感じましたし、プロジェクトを通じて成長を感じた瞬間でした。

当事者としての信念が人の心を震わせる

当事者意識を持ち、ソーシャルイシューに対して真摯に向き合う。その五十嵐の姿勢が、被災された方や、コミュニティの方、現地のメディアの方など、様々な人の心を動かし、共感いただいたことで、本プロジェクトは、かつてない拡がりを見せながら、成功を収めることができました。多くの好意的な反響や期待の声をいただき、また、SNSプラットフォーム上でも、被災地以外の利用者から多くの反響がありました。さらに、クライアントからも、グローバルの本社において高い評価をいただき、今後も日本での震災復興支援に継続的に力を入れていくことが決定しています。

今後も、五十嵐には、小さくまとまらず、はみ出るくらい大きなスケールで物事を考えて、これからも大きな仕事を実現していくことを期待しています。新しいPRの形を模索するとか、PRによってコミュニティや人との新しいつながりを生み出すとか、五十嵐らしいPRの目的を見つけて、それを達成するためにまっすぐに邁進してほしいと願っています。

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