1. ホーム
  2. コラム
  3. 【ヘルスケアPR×ナッジ Vol.1】ヘルスケア領域と好相性!ナッジでできることはどんなこと?

【ヘルスケアPR×ナッジ Vol.1】ヘルスケア領域と好相性!ナッジでできることはどんなこと?

“ナッジ”という言葉を耳にする機会が増えたと思いませんか?ナッジとは、「心理特性に沿って、褒美や罰を使わずに行動を促す手法」です。

例えば予防行動へと導いたりする際に、“ナッジ”の考え方は非常に有効です。

今回、ヘルスケア領域の切り口から、ナッジの専門家である、青森大学 竹林正樹客員教授と、弊社で本プロジェクトを担当しているヘルスケア本部西山、中村、野村が実例を交えて3本立てでお届けします。


竹林正樹

青森県出身。青森県立保健大学大学院非常勤講師、(株)キャンサースキャンアドバイザー、横浜市行動デザインチームアドバイザー、OZMA Nudge Social Design Unitアドバイザー。ナッジの魅力を穏やかな津軽弁で語りかける講演は全国で好評で、学会発表では立ち見が出ることも。2020年開催のTEDxGlobisU出演。政府の日本版ナッジ・ユニットの有識者委員を務め、自治体や企業のナッジ戦略を支援している。
代表作は「DVD 実践者のナッジ」(東京法規出版)、「ナッジ×ヘルスリテラシー」(大修館書店:分担執筆)。

西山 正人:ヘルスケア本部 コミュニケーションプロデューサー
医薬専門代理店にて、医療用医薬品のマーケティングサポート業務に従事。新薬上市や疾患啓発プロモーションを数多く担当。その後、ヘルスケアITベンチャーのスタートアップに参画し、医療系学会向けスマホアプリサービスを経験。OZMA PR入社後は、長年の医療業界での知見を活かし、ヘルスケア領域の企業広報やオンコロジー、希少疾患領域での啓発PRプロジェクトを数多く担当。

中村 彩:ヘルスケア本部 コミュニケーションプロデューサー
外資系製薬企業、医療機器メーカー、地方自治体等の医療・企業プロモーションを幅広く手掛ける。メディア発信、ステークホルダー共創、SNS、AD等を複合的に用いるクロスメディア戦略や、ヘルスケア課題を可視化するクリエイティブ開発を得意とする。

野村 康史郎:ヘルスケア本部 部長 シニアコミュニケーションディレクター
ヘルスケアクライアントを中心に、多様なクライアントのPR戦略立案から企画実行まで幅広く手掛ける。「カンヌライオンズ」「スパイクスアジア」「PRアワードアジア」「日本 PR アワード」など国内外のアワードをヘルスケア案件で受賞。日本 PR 協会「PR プランナー試験対策講座」の講師も担当。


>目次

■ナッジは自発的に望ましい行動に促す設計
■人を動かす4段階
■ナッジが効きやすい行動は?
■ナッジは一歩を踏み出させる役割、継続はインセンティブや教育の役割


■ナッジは自発的に望ましい行動に促す設計

中村:
まずは「ナッジ」の基礎の「き」について、お聞かせいただけますか?

竹林先生:
ナッジ(nudge)は元々は「そっと後押しする」「ひじで軽くつつく」を意味する英語で、ここでは「心理特性に沿って、褒美や罰を使わずに行動を促す手法」という意味で使います。ところでナッジを表すのに、「母象が子象を鼻先でそっと後押ししているイラスト」を見たことはありませんか?

中村:
はい、よく見かけます!でも、どうして象なのでしょうか?

竹林先生:
人の脳には「直感」と「理性」の2つのシステムがあり、直感が大半の判断を行います。直感は働き者で力が強く、象に例えられるのです。

中村:
象は直感のイメージキャラみたいなものなのですね。

竹林先生:
直感は本能的であるため、時に歪んだ解釈をします。歪んだ解釈のうち、一定のパターンがあるものを「認知バイアス」と呼びます。健康的な食事をしたほうがよいとわかっていても、目の前にお菓子があると、直感が「今、我慢する方が体に悪い(=現在バイアス)」と歪んだ解釈をすると、つい食べ過ぎてしまうものです。

中村:
「食べ過ぎは健康に悪い」と正論を言っても、象にはなかなか響きませんよね(笑)。

竹林先生:
多くの健康行動は「面倒が発生するのは今で、効果出現は遠い将来」という時間差があるため、認知バイアスに影響された判断になりやすいです。このため、認知バイアスの特性を踏まえた設計にして、動きやすくなるように直感に働きかけるのがナッジのイメージです。

中村:
ヘルスケアの領域でナッジがよく使われるのはなぜでしょうか?

竹林先生:
ナッジは行動経済学から生まれた理論です。経済学もヘルスケアも、「ウェルビーイング(幸福)の追求」をゴールにしており、健康行動へと動かすことがテーマになります。ただし、「人を動かす手法」として、ヘルスケアでは伝統的に「情報提供」を、経済学では伝統的に「インセンティブ」を用いてきました。このような違いもあって、今までは経済学とヘルスケアは一緒に用いられることはあまりなかったようですが、ナッジが出てきたことで、2つの分野が近くなり、相乗効果も出てきたと感じます。

ナッジは「多くの人がこう動く可能性が高い」というエビデンスに基づいており、使い方を誤ると悪用のリスクがあります。そのため、ナッジの設計には高い倫理観が求められます。エビデンスと倫理観は、ヘルスケアに不可欠なものであり、ナッジとヘルスケアは相性がよいのです。

■人を動かす4段階

中村:
先ほど「人を動かす手法」として情報提供やインセンティブの話が出ましたので、これについて詳しく教えてください。

竹林先生:
人を動かす手法は大別して、4つの段階があります。第一段階は、正しい情報提供をして納得の上で動かすもので、教育がこれにあたります。第二段階は、行動したくなるように背中を押すもので、ナッジが該当します。それでも動かない場合は、第三段階として褒美と罰(インセンティブ)があります。第四段階は強制力を用います。情報提供が望ましい形ですが「頭でわかっていても行動しない人」に対して、さらなる情報提供をしても効果が見られないことも多いです。インセンティブや強制も確かに有効ですが、実施にはハードルが高いです。ナッジはそっと後押しするようなアプローチなので、健康支援する側も、される側もストレスが少ないです。

中村:
ストレスの少ない健康指導は、お互いにとってメリットが大きいと感じます。

竹林先生:
「がんに対して完全に無関心」という人はあまりいませんが、ほとんどのがん検診の受診率は50%に満たないように、認知バイアスに影響されて健康行動をしない人は、実に多いのです。ここで認知バイアスを軽視して「健康のために受けましょう」といった指導をしても、「たまたま受けない」「何となく後回しにする」タイプの人にはあまり響きません。これに対し、促進要因となる認知バイアスに沿ったナッジを実施することで、直感的に行動したくなる確率が高まります。

中村:
がん検診を受けない人に特有の認知バイアスはあるのでしょうか?

竹林:
通常、リスク回避型の人は、「肥満リスクを避けるために運動をする」というふうに、健康行動を好みます。ところが、リスク回避的な人はがん検診をあまり受けたがらないのです。これを記した研究論文では「リスク回避的な人は、がん治療のリスクを高く見積もっている可能性」を示唆しています。がん治療を恐れる心理が阻害要因となっているのであれば、がん検診の案内では「早期発見の場合、治療は思っているよりもリスクが低く、安心です」と伝えることで受診率が高まると考えられます。この情報を伝える時も、メッセンジャー効果(同じ内容でも、「誰が言ったか」によって相手の受け止め方が大きく変わる心理)を使うことで、効果が期待されます。特に、権威効果(専門家への信頼から行動に繋がる現象)に訴求するために、白衣を着た医師が「当健診センターのがん検診では去年推計〇人の早期がん患者の命を救いました」(A大学医学部教授 〇山△男)と写真付きでコメントを紹介すると、不安が軽減しそうです。

中村:
健康管理は本来、自分自身で行うものです。人を動かす最終手段は強制だとしても、その前に自発的に動くよう働きかけるナッジが有効だということですね。

竹林先生:
その通りです。強制は権限の裏付けがないと実施できませんので、現場では情報提供、ナッジ、インセンティブの3つを組み合わせるのが現実的です。前述の通り、情報提供とインセンティブは、段階が離れているために、組み合わせるのは何かと難しいです。それに比べてナッジは情報提供とインセンティブの中間にあるので、そのどちらとも組み合わせやすいと言えます。

■ナッジが効きやすい行動は?

西山:
ヘルスケアには、食、身体活動、睡眠などのテーマがあります。この中で、ナッジで解決しやすいものはあるのでしょうか。

竹林先生:
これは、系統的レビュー(世界の研究論文の中で、どのテーマの研究が多いのかを調べた論文)から見ていきます。この中で、最も多かったのは「食行動」でした。健康メニューを選びたくなるナッジを設計すれば、健康的な食行動に繋がるのはイメージしやすいと思います。私たちがスナック菓子を食べるのは「そこにあるから」であって、代わりにバナナがあれば、普通にバナナを食べるでしょう。特に空腹時は目の前にあるものを選びたくなる傾向が強まるので、ビュッフェやコンビニで健康的な飲食物を目の高さに配置すると、それが選ばれやすくなります。

西山:
確かに食行動はわかりやすいですね。では身体活動はどうでしょうか?

竹林先生:
仮に私がSNSで「ジムに行ったら楽しかったよ。みんなもどう?」と同調バイアスに訴求するメッセージを投稿し、それを見た中村さんがジムを予約したとします。しかし、実際に中村さんがジムを利用するまでには靴やウェアを揃え、プログラムを選び、交通手段を確保するといった手間が生じます。実行までの手間が多いほど、ボトルネックが生じ、離脱しやすくなります。ナッジはこのボトルネックを全て克服できるほどの力はないのです。

西山:
なるほど!では、睡眠はどうでしょうか?

竹林先生:
直感と理性の観点からも、ナッジによる早寝は難しそうです。一般的に理性が最も機能するのは朝で、時間とともに減少し、夜になると理性が枯渇します。夜は誘惑が多く、現状維持バイアスを自制できなくなるため、早寝のナッジを仕掛けても、スマホゲームを始めたらなかなかやめられなくなります。ナッジは万能ではなく、限界もあることを理解した上で、他のアプローチと組み合わせて使うことが求められます。

■ナッジは一歩を踏み出させる役割、継続はインセンティブや教育の役割

西山:
ナッジの限界を克服するには、具体的にどうしたらよいでしょうか?

竹林先生:
ナッジは、「そっと後押しするアプローチ」で、最初の一歩を踏み出すのに向いています。一方、ナッジは行動を継続させるほどのパワーには欠けます。その意味でナッジの得意分野は「最初の一歩を踏み出すこと」で、継続には「ヘルスリテラシーのような内的動機によるブースト」が必要、という役割分担を押さえておくと、ナッジへの過剰な期待も減ります。最近、「ナッジ×ヘルスリテラシー(大修館書店)」という書籍が出版されたので、ぜひ読んでみてください。

西山:
どうすればヘルスリテラシーが向上するのでしょうか?

竹林先生:
ヘルスリテラシー向上には、健康教育が重要です。しかし、いきなり正論をぶつけるタイプの健康教育をしても、相手の直感は拒絶してしまう可能性が高いです。
ナッジで心を開いてから、健康教育を行うことで、相手にも受け入れられやすくなります。お笑いで「つかみが大切」とよく言われるのは、ナッジの観点からも理に適っています。

西山:
リテラシーの低い人、例えば無関心層にはどうすればよいのでしょうか?

竹林先生:
行動変容には段階があり、無関心期(前準備期)から関心期、準備期、実施期、定着期、と移行していきます。
準備期のように「健康に関心を持ち、心の準備もできていて、行動まであと一歩の人」には、阻害要因を除去したり促進要因を加えたりするナッジで、行動に繋がりやすくなります。
一方、無関心期の人にはナッジだけでは不十分で、健康教育が必要です。ただし、無関心期の人は心の象(直感)がそっぽを向いている可能性が高く、まずはナッジで象に前を向かせてから健康教育を行うと、無関心期から関心期、準備期…と行動変容ステージを上っていきやすくなります。

中村:
無関心層を一気に行動させようとするのではなく、ナッジを使って少しずつ後押しししていくというイメージですね。ロジカルに理解できました。ありがとうございます。

新着コラム

お問い合わせ

pagetop