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【ヘルスケアPR×ナッジ Vol.3】家族から社会まで、どんな相手にも活用したい健康ナッジ

ヘルスケア領域の切り口から“ナッジ”を紐解く連載も今回で最終回。
Vol.3では、ヘルスケア領域を超えた、PR×ナッジの有効性についてもお話お伺いしました

Vol.1はこちらから
Vol.2はこちらから


>目次

■ヘルスケア領域のコミュニケーションで役立つナッジは?
■声がけのタイミングは?
■PRとナッジはどう融合させていくべきか

聞き手:ヘルスケア本部:西山、中村、野村


■ヘルスケア領域のコミュニケーションで役立つナッジは?

中村:
がんの早期発見と受診の推奨は、ヘルスケア領域の仕事をしていて私たちもよく突き当たるテーマです。役立つナッジの事例や考え方をぜひ教えてください。

野村:
がんの啓発コミュニケーションは私もよく取り組んでいるのですが、特に高齢男性で、家族がいくら言っても頑固に聞かないという話をよく聞きます。そういう方をナッジで動かすにはどうしたらよいでしょうか?

竹林先生:
確かに高齢者によくみられる認知バイアスがあります。年を重ねると、新しいことを始めるのが億劫になり現状維持バイアスが強まり、「今まで大丈夫だったから、今さらやらなくても…」と考える傾向になりやすいです。現状維持バイアスが強い人にとって、今まで愛着のある習慣を捨て去り、新しい行動をするのは難しいものです。

中村:
その場合、どんなナッジがよいのでしょうか?

竹林先生:
「定期健診を受けている人」をターゲットにする場合は、現状維持バイアスを活用するとうまくいきそうです。と言うのも、現状維持バイアスは、最初の一歩を踏み出すブレーキになり得ますが、ひとたび動き出すと流れに乗ってそのまま走り続けやすいという特性があります。相手は、検診の申込手続きを面倒くさがっているだけかもしれません。「定期健診に行って、1項目追加するだけで、そんなに面倒ではない」「申込手続きはやっておくので、受付で紙を提出すればいいだけだよ」と声がけすることで受診に繋がったケースもよく見られます。

野村:
何もしていない人たちをいきなり動かすのは難しいけれど、既に動いている人に追加するのなら無理なく受け入れられやすそうですね。

竹林先生:
「3個のマスに3つのスタンプを集める」よりも「100個のマスにすでに97個のスタンプが押され、残り3つを集める」のほうがモチベーションが高まります。「実は既に1歩目を踏み出している」と気付くと、2歩目は意外に簡単に踏み出しやすいです。

■声がけのタイミングは?

野村:
声がけのタイミングはありますか?

竹林先生:
定期健診の日は、1年で最も健康を意識する日である可能性が高く、そのタイミングを逃すのはもったいないです。実際、会場で「今からでもがん検診を追加で受けられます」「みんな受けていますよ」と一押ししたら、多くの人が受診した事例があります。逆に、後日、検査の案内が届いたら、相手は「健診の日にまとめて言ってくれればよかったのに…」と不快に思う可能性もあります。

野村:
定期健診を受けていない場合、家族が声をかける時に使えるナッジはあるのでしょうか?

竹林先生:
よく行われるのが「食卓で晩酌しながら家族から検診の話題を切り出し、最後に念を押す」といったものですが、これはうまくいかない可能性が高いです。同じ場所で同じ時間帯に同じ人から言われると、相手の直感は現状維持バイアスの影響で、拒絶したくなります。まずは現状維持バイアスをリセットするために、次のようにしてみてはいかがでしょうか?

①ランチタイムに
②フランス料理店で
③医学部志望の孫から
④武勇伝を聞き出した後に
⑤血液検査やレントゲンを受けることを提案し
⑥日程を決めさせ
⑦笑顔で終える。

野村:
全てナッジに基づく設計なのですか?

竹林:
はい、順に説明します。
①は、相手の理性が機能している時間帯を選ぶことで、現状維持バイアスを自制できる可能性を高めます。逆に夜に疲れた状態でアルコールが入ってしまうと、現状維持バイアスに振り回されやすくなるので、避けたほうがよいです。

②は場所を変えることで、現状から脱却するナッジです。フランス料理店でパリッとした服を着た場面では、理性的なことを言いたくなるものです。

③は話す人を変えると受け止め方が変わる心理を取り入れたナッジです。同居の家族から言われると、つい反論したくなるものですが、医学部志望の孫に言われたことは、受け入れられやすいものです。

④は、「どうせ無理」という思考を「自分はやればできる」という思考に切り替えるナッジです。Vol.2で話したように、「努力が実を結んだ経験を話して、周りがそれを褒めること」で思考が柔軟になります。そして、最初に相手の話を褒めたことで、相手は「今後は皆の話を聞いてみよう」というお返しの気持ちが生まれやすくなります。

⑤は、小さなゴールを設定するナッジです。がん検診を受けたことのない人には、「長くて苦痛なプロセス」というイメージを持っている可能性があります。「血液検査やレントゲンを受ける」といった明確な小さな行動を示すことで、象の不安を和らげます。

⑥は「自分で決めたことは実行したくなる心理」に訴求したナッジです。日時や交通手段を具体的に決め、さらに宣言することで実行する確率が高まります。

⑦はよい終わりにするナッジです。直感は、最後の印象を記憶定着するので、「聞いてくれてありがとう」のように、終わりの言葉をあらかじめ決めておくとよいです。仮に相手が断ったとしても、笑顔で終えると、すぐに気が変わるかもしれません。

野村:
竹林先生も家族に受診を促すのに苦労したと聞きました。ナッジとの出会いも含めて教えていただけますか?

竹林先生:
私の祖母は糖尿病が進んで目がほとんど見えなくなっていたにもかかわらず、専門医を受診しようとしませんでした。私は夜遅くに祖母に対して「通院しないとダメだ!」と正論をぶつけ、そして祖母が拒絶したら捨て台詞を吐いてしまったのです。その結果、祖母はへそを曲げ、その後もずっと通院を拒み、やっと受診を開始した時には手遅れでした。

夜遅くに通院を強制した上に最悪な終わり方をしたことで、祖母の受診意欲を削いでしまったのです。私はこの件をずっと後悔していました。大学院に入ってナッジに出会った時、「あの時、もし祖母に対してナッジを使っていたら…」と痛感し、その悲劇を繰り返さないようにするためにも、ナッジの研究を続けています。これについては、TEDxトークでお話ししています。

野村:
ナッジを知らないと、つい説得的な対応をしてしまいそうですね…。
最近ではLINEでのコミュニケーションも増えていますが、LINEを使う時のアドバイスはありますか?

竹林先生:
健康に関する話は、面と向かって言いにくく、言われるのも嫌なものであり、LINEのほうがよい場面もあります。一方、LINEは顔が見えづらいので、すれ違いも生まれやすいです。LINEをする場合は、熱くなったら「用事が入ったので、またにしよう。ここまで聞いてくれてありがとう」といった感謝の言葉を入れてクールダウンするように、事前に決めておくと良いでしょう。戦争でも休戦ラインをあらかじめ決めておかないと泥沼化してしまうように、LINEでも「ネガティブワードが2つ以上出たら、そこで撤退する」と決めておくのがお勧めです。

野村:
その場で熱くなって収拾がつかなくなり、翌日「何であんなひどいことを言ってしまったんだろう」と後悔することはよくあります。

竹林先生:
直感は象のように本能的なので、暴れたら大変です。なだめる術を身に着けておいたほうがよいです。そして直感は他人の言動をとても気にします。自分のしたことが他人から高評価を得ると嬉しいですし、「そんなことやっても無駄」と言われるとやる気を失います。

私が大好きな研究を紹介します。学生アルバイトを2つのグループに分け、どちらもレゴブロックで指定されたものを1つ作るごとに謝金がもらえます。Aグループは「後で解体します」と伝え、Bグループは目の前で解体します。その結果Bグループの人は、作る意味を見失い、せっかくのアルバイトもすぐにやめてしまったのです。

このように、自分のやったことに意味を感じることができれば続けられ、誰からも反応がなかったり否定されたりすると、行動するのがバカバカしく感じるものです。そのためにもポジティブな言葉は大切です。

■PRとナッジはどう融合させていくべきか

中村:
これからのヘルスケアのPRとナッジは、どう融合させていくのが良いのでしょうか?

竹林先生:
乳がん検診の普及啓発を行った結果、短期間で乳がん検診の有用性の認知率が55%から70%へ上がりましたが、実際の乳がん検診の受診率は上がらなかったことがあります。知識と行動にギャップが生じるのは、PRとして何かが足りないのです。科学の進歩により、このギャップの要因に認知バイアスがあることがわかってきました。私は普段から「PRにこそ認知バイアスの特性に合ったナッジが重要」と主張しているのは、知識習得だけのPRでは人を救えないからです。

PRでナッジを使うに当たっては、高い倫理観が不可欠です。ナッジは直感に訴求するため、ナッジを悪用したとしても、それに抗うのが難しいのです。歴史を見ても、「ナッジを悪用し、国民が独裁者を再任したくなる投票用紙を作成した」「ナッジを悪用したカルト宗教の教祖が信者を集団自殺に導いた」といった事例があります。これらは相手に知られないようにこっそりと仕掛けたものも多く、使い方次第では自由や命を奪ってします危うさを秘めています。私たちはナッジを悪用したいという誘惑にさらされています。これに抗う方法として、大学の倫理審査を受けることがありますが、PRの場合は倫理審査を受けるのが難しいのが実情です。私は相手に「私たちはあなたにこのナッジを使います」と知らせた上でナッジするのが、インフォームド・コンセントの観点から望ましいと考えます。

中村:
確かに手の内を明かすことで、倫理的な問題はクリアできますが、全て知られたら、ナッジの効果がなくなる可能性はないでしょうか?

竹林先生:
手の内を明かしたうえで相手を動かすナッジも多くあります。例えば、ダイエット中でも大好物のお菓子を見れば直感的に飛びつきたくなりますが、右手の親指に「待て」と書いたカットバンを貼っておけば、食べたい気持ちにブレーキがかかります。また、カットバンを貼った瞬間を自分で見ているので、完全に手の内が明かされています。

ただし、手の内を明かしたナッジのPRのエビデンスは国内では少なく、効果があるのかはやってみないとわかりません。私は生活習慣改善に関し、「ナッジはこういうものです」「ナッジにはこのような効果があります」「その上であなたにこのナッジを仕掛けます」というチラシを作成しました。これについては、先日、大学の倫理審査会の承認を受けましたので、これから実験して検証していきます。

中村:
相手にきちんと情報開示するのはいいですね。竹林先生の研究、興味深い内容ですので、結果が出たらぜひ拝見したいです。

オズマピーアールにナッジ・ユニット(ナッジ活用推進のためのチーム)ができたこともあり、国内外でのナッジ・ユニットの状況を教えてください。

竹林先生:
2008年に書籍「Nudge」が出版され、2010年にはイギリス政府内に世界初のナッジ・ユニットができました。その後、先進諸国や国際機関を中心にナッジ・ユニットが次々に設立されました。日本でも2017年に環境省を事務局に日本版ナッジ・ユニットが設置されたのを機に、中央官庁や地方自治体でのナッジ・ユニットが設置され、この流れの中で2021年に日本のPR会社として初のオズマピーアールナッジ・ユニット(OZMA Nudge Social Design Unit)が設置されました。

中村:
最後に、オズマピーアールへの期待をお知らせください。

竹林先生:
ヘルスケア現場ではナッジの活用がなかなか進んでいません。ナッジの普及が遅れると、救えるはずの命が失われていく可能性があります。私もナッジの普及に向けて講演や研究を続けていますが、どうしても時間がかかります。この現状を打破するには、PR会社が広域的にナッジを展開していくことが実現可能な解決策だと考えます。オズマピーアールにおいては、高い倫理観をもってエビデンスに基づくナッジをフットワークよく提案し、ヘルスケア業界に貢献していけると確信しています。

中村:
ありがとうございます。ぜひ、これからもよろしくお願いします。



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