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隠れた医療難民トランスジェンダーと医療コミュニケーションのいま、そしてこれから。 ー 患者と医師、それぞれの立場から考えるコミュニケーションの未来 ー

トランスジェンダーを知っていますか。自分の認識している性別と身体あるいは戸籍の性別の間に違和感がある人たちのことをいいます。レズビアン(女性の同性愛者)、ゲイ(男性の同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)とともに、トランスジェンダーは「LGBT」とよばれる性的マイノリティに位置づけられています。オズマピーアールでは、ヘルスケア領域におけるコミュニケーションをより良くするために様々な取り組みをしてきました。医療関係者、患者、製薬会社などとリレーションを築いてきたなかで、トランスジェンダーが直面する医療現場における課題は、実はあまり見えていないのではないかと考えています。

そこで、2017年8月8日、オズマピーアールとジェイ・ピーアールは、ヘルスケア分野におけるコミュニケーションの課題解決に取り組む「テトテトプロジェクト」の一環として、「第1回 医療コミュニケーションセミナー ~LGBTと医療~」を開催しました。今回のインタビューでは、セミナーにご登壇いただいた、LGBT支援団体代表の原ミナ汰氏と、ジェンダークリニック医師の針間克己氏をお招きし、実際の病院での課題やその解決に向けた取り組みから、LGBTの在宅医療や遠隔医療など今後の未来に向けた、コミュニケーション課題の可能性についてなど幅広くお話を伺いました。聞き手は、オズマピーアールの白石朋也と森谷佑未が務めました。

原ミナ汰氏
NPO法人共生社会をつくるセクシュアル・マイノリティ支援全国ネットワーク代表理事。
性別は「Xジェンダー」。2008年に立ち上げた同ネットワークで、LGBTQの人々やその家族への相談・支援を本格化。「よりそいホットライン」セクシュアルマイノリティ回線統括コーディネーターを務め、国・自治体職員、教員、援助職者向けに、全国500か所以上で「性の多様性」研修を実施中。
渋谷、世田谷、文京各区をはじめ関東近県の自治体におけるLGBTQ相談支援、啓発事業に協力している。近著に『にじ色の本棚~LGBTブックガイド』(編著、三一書房)、『わたしらしく、LGBTQ』(監修、大月書店)

針間克己氏
はりまメンタルクリニック院長。
1996年、東京大学医学部大学院卒業後、鶴が丘病院で勤務。その後、東京家庭裁判所医務室や東京武蔵野病院での勤務を経て、2008年、はりまメンタルクリニックを開院。同院では性同一性障害の診療を行っている。
2018年3月24日、25日に開催されるGID (性同一性障害)学会第20回研究大会・総会では会長を務める予定。著書に『性非行少年の心理療法』『一人ひとりの性を大切にして生きる―インターセックス、性同一障害、同性愛、性暴力への視点』など。

白石朋也
立命館大学産業社会学部在学中にLGBTサークル「color-free」代表を務めると共に、学内ダイバーシティをテーマとした「Rits Rainbow Week」を主宰し、LGBTの他、HIV啓発、また障がい者や在日外国人差別に関する勉強会などを開催。
NYでLGBTに関する先進的な取り組みについて学ぶスタディーツアーに参加した経験から、学生有志とともに支援団体「プランシーズ」を立ち上げ、高校生LGBT対象のスタディーツアーを行う。LGBT関連の活動を行うNPOでのインターンシップを経て、2015年よりオズマピーアール入社。

森谷佑未
17歳のときプライドパレードにボランティアスタッフとして参加したことを機に、セクシュアリティの問題をより深く追求したいと考えるようになった。青山学院大学国際政治経済学部での学業と並行して、LGBTのぶつかる課題を取り除くべく創立された株式会社Letibeeにて長期インターンシップとして参画。
また、在学中には、LGBT法連合会にも所属し、議員へのロビーイングや情報提供、情報発信やイベントの企画運営、国内70以上のLGBT団体とのネットワークの調整などを行っている。(現在 LGBT法連合会事務局次長)。2017年よりオズマピーアール入社。

■ 診療に消極的な医師たち 診療から足が遠のく患者たち

白石:まず、トランスジェンダーが医療を受ける際のコミュニケーションの課題としてどのようなことがあるか、お聞きします。

原:見た目が男性ならば、人は体も性も男性だと普通は判断するものですよね。見た目が女性の場合も同じです。でも、かならずしもそうならないことがある。トランスジェンダーはその一例です。トランスジェンダーの存在を知らない方は医療者を含めて、まだ多いので、接すると驚いたり、慌てたりして、普通の対応ができないことがあるんですね。そういうことで気を病んでしまい、診療を受ける足が遠のいてしまうトランスジェンダーもいるのです。

針間:医療は基本的には、患者さんを男性と女性に分けて診療していくシステムになっているんです。受付も医師もそれを前提にしています。一方で、既存のそうしたシステムは、トランスジェンダーの方々にとって問題となります。性別を明らかにして受診したくない方もいるからです。
男性・女性の典型的な医学データとは外れる部分があるので、その配慮も医療者には必要となります。たとえば、ホルモン値が異常という場合、ホルモン療法をしているからなのか、手術をしたからなのか、それともなにかのサプリメントによる影響かなどを正確に把握する必要があります。けれども、トランスジェンダーの患者さんのなかには、そうしたことを話したくないと感じる方もいます。

白石:「トランスジェンダーであることを話したくない」と感じさせてしまうようなハードルがまだ存在しているわけですね。

針間:はい。まず、地方の医療機関では、医療者が守秘義務を守るとしても、受付担当や医師が患者の近所の知れた人という可能性もあります。自分の性別に関する個人情報を知られたくない人は、地元で噂になるといった不安をもつものです。
都会の医療機関ではそうした心配はあまりありませんが、それでもトランスジェンダーの患者さんが不適切な対応を受けることはあります。一つは、トランスジェンダーをステレオタイプに捉えられて、嫌悪感を示されたり、説教されたりするという、医療側の偏見に基づく対応を受けること。もう一つは、知識不足を不安に感じる医師側から、診断を断られてしまうようなことです。風邪で受診した場合も、「僕は性同一障害についてはわからないから」などと、本来は診療できる範囲のことを拒否されてしまうことがあります。

原:われわれのNPOに相談に来られた方にもそうした体験を言われる患者の方がいますね。うつの症状があってお医者さんに診てもらおうとして、そのとき性別違和感が強いことを話したら、「うちでは診療できない。べつの医療機関を探してください」と言われた体験を、1回でなく何回もしたそうです。そうなると、やはり無力感が生じて、引きこもって医療機関に行かなくなる。医師側もきちんと診療をしたい気持ちはあるのでしょうが、未知の分野であることを過剰に気にして、診療を拒否するケースも多くあります。

■ LGBTの教育を 医療者にも医学生にも

白石:トランスジェンダーが医療をより受けやすくなるためには、医療者が正しい知識を得ることも大切な気がします。どのような取り組みが考えられるでしょうか。

針間:トランスジェンダーの患者さんを診ることに不安をもつ医師はたしかに多いですね。まず、トランスジェンダーやLGBTについての教育をもっとして、医療者がそうした方々に接することへの不安をなくしていくのが第一だと思います。

原:たしかに、医療者自身が医療者に向けて伝えるインパクトは大きいと思います。針間先生のようなコアとなる医師が、医療者だけでなく保健関係者などに教育なさるのは効果的です。医療者が診療に加えて、教育者の役割を担っていただけるとありがたいですね。

森谷:現状では、LGBTについての医療者への教育はどのようになっているのですか。

針間:すでに医師である人たちには、学会で性同一性障害やLGBTをテーマとする講演を聞く機会があります。また、医学系の雑誌でも、近年はこれらのテーマがキャッチーなことから特集として組まれることもあります。
医学生に対しては、岡山大学や札幌医科大学などの性同一障害の診療に積極的な大学で、こうしたテーマで授業をすることがあるようです。あとは、医学教育全般の傾向として、専門医にかぎらずLGBTの当事者を呼んでお話を聞くことはあります。ただし、カリキュラムに組み込まれているわけではないようです。
以前、医師や看護師の国家試験で、性同一性障害についての問題が出されたと聞きます。そうした出題があれば、勉強する機会になりますよね。ちらっと押さえておく程度かとは思いますが。

■ 支援者と医療者、医療者と医療者 ネットワークの重要性

白石:他に、トランスジェンダーが医療を受けやすい状況をつくるために、どのような取り組みが必要とお考えですか。

針間:トランスジェンダーの患者さんをある程度は診ることができても、より専門的な診療はできないという医師がいるのは事実です。ですので、専門情報へのアクセス方法をわかりやすくしていくことも大事です。受診する患者さんの側からすれば、どこに行けば適切な医療を受けられるかの情報を得られることが大切になります。ただし、かならずしもネット検索の上位に良質な情報が来るわけではありません。

原:私どものような支援機関と医療者との間で、よい関係を保つことは大事だと思っています。われわれがトランスジェンダーの人から相談を受けるとき、個別の不安について聴いて解消できることもありますが、具体的にどのくらいの頻度で注射が必要か、また治療を受けるとどういう副作用のリスクがあるかといったことは自分たちで答えず、医師の方を紹介して、きちんと診療を受けていただくことを勧めています。

森谷:精神科医、形成外科医、婦人科医など、トランスジェンダーの性別移行に関わる専門の医師たちがチームを組んで対応されていると思いますが、色々な科の医師がよりよいネットワークをもてば、トランスジェンダーの患者さんはより適切な診療を受けられるようになる気がします。医師同士のネットワークはどのようになっていますか。

針間:医師のネットワークは、やはり学会になりますね。たとえば、GID(性同一性障害)学会では、他分野の専門医を含め100~200人ほどの医師が情報交換をしています。また、日本性科学会などのセクシュアリティに関係する学会に所属している医師には、性同一性障害に特化していなくても、治療について理解している方はいます。そうした医師同士の横のつながりは利用されてきてはいます。

■ トランスジェンダーの在宅医療 その課題と展望

森谷:高齢化社会を迎え、在宅医療も増えてきています。ヘルパーや看護師の方が家に来て、トランスジェンダーの寝たきり患者さんをケアするようなこともあるでしょうか。そうした患者さんには、自分の性のことを話せない方も多いのではと気になります。

針間:そうした事例はまだ聞いたことはありませんが、これからの話として重要だと思います。
福祉サービスを受けているトランスジェンダーの方は同性介助・介護の問題を抱えています。体は男性ながら、心は女性という方は、女性に介助や介護をしてほしい。けれども体格が大きいなどの理由から男性がお風呂に入れたり、着替えさせたりする。それが苦痛だという話は聞きます。これは課題ですね。

原:在宅医療が可能ならば、それはトランスジェンダーにとってよい選択の一つになると思います。医療機関に入院して、どちらかの性に合わせねば、というような無理が減るからです。

針間:現状としては、診療報酬の点数が下がるなどしたため、訪問診療は減っていく傾向にはあります。トランスジェンダーやLGBTの医療において、逆にプラスの要素として考えられるのは、遠隔医療が今後盛んになっていくであろうことです。通院することに抵抗感のあるトランスジェンダーの患者たちは、遠隔医療によってケアを受けるということも可能になってくるかもしれませんね。

■ 情報の一元化というジレンマ 医療だけでない社会の受け入れも必要

白石:トランスジェンダーと医療コミュニケーションのあり方について、どのようなことを望んだり、考えたりしていますか。

針間:医師として、医療情報の一元化は実現すればいいなと思います。大学病院では情報管理によって、ある患者が他科でどんな診療を受けているか医師たちは把握できます。けれども、社会レベルでは医療情報の一元化がされていないため、私たち開業医は患者のそうした情報を得られません。たとえば、自分が診ている患者さんが、これまでどのようなホルモン治療を受けてきたかなどが把握できるよう、治療歴が共有されると便利だと思います。ビッグデータとして傾向が集積されれば、確実に医療は進歩すると思います。
でも、その一方で、そうした個人情報を社会で共有されたくないという人ももちろんいると思います。あればよいけれど、あると怖いシステムだといえます。
医療の進歩につながることを個人が望むのか。医療哲学的な課題だと思います。

原:医療を受けることができれば、トランスジェンダーの患者たちはたしかに楽にはなります。でも、それだけではトランスジェンダーの医療面の課題は解決されません。トランスジェンダーの人々の暮らす地域社会に受け入れ体制がないと、生活上の問題が身体症状として現れることもあります。医療者がそこまですべて対応できるかというと、それはとても大変です。できる部分は家族や地域がサポートしていかねばと考えています。

取材を終えて(白石・森谷)

今回はテトテトプロジェクトの初回記事として、LGBTの中でもトランスジェンダーを取り巻く医療現場でのコミュニケーション課題とその解決に向けた取り組みなどを、原さんと針間先生に語っていただきました。トランスジェンダーを取り巻く環境には未だに多くの医療課題がありますが、LGBにとっても既存の医療体制や医療上のコミュニケーションにおいて困難に遭遇するケースは多くあります。実際に、LGBの当事者が医療受診をする際に、医師からの理解のない言葉に傷つき、その後の受診をためらってしまう事例もあります。トランスジェンダーのみならず、LGBやその他のセクシュアリティに対しても弊社としてPRの知見を活かした取り組みが出来るのではないかと考えております。

また、お二人のお話の中で、病院に通いづらいトランスジェンダーに対して、家と病院をつなぐ遠隔医療の可能性にも触れられ、デジタル技術を活用したコミュニケーションギャップ解決のヒントとなるお話も伺うことができました。セミナーや本インタビューを通して講師お二人から得た知見と弊社がこれまで培ってきた知見を合わせて、今後もトランスジェンダーを始めLGBTを取り巻く課題について今後とも向き合ってまいります。

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