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PAリレー対談~ルール形成の現場から(2)ルール形成で新たな市場の牽引役となる【後編】吉富愛望アビガイルさん(CRS細胞農業研究会事務局広報委員長)

オズマピーアールは20206月より、多摩大学ルール形成戦略研究所と業務提携し、ルール形成市場のさらなる拡大と深化に向けて活動を進めています。

社会構造の変容が急激に進み、それに伴うルール形成があらゆる分野で課題となっている今、新たな市場を作るためのパブリックアフェアーズへの関心はますます高まっています。

2回は、多摩大学ルール形成戦略研究所客員研究員の吉富愛望アビガイルさんをお招きしました。

ルール形成戦略研究所が主催する細胞農業研究会で広報委員長を務める吉富さんと弊社五十嵐が、新しい市場づくりとルール形成について語り合います。

【対談】

吉富愛望アビガイル 氏(多摩大学ルール形成戦略研究所 細胞農業研究会 事務局広報委員長)

五十嵐匠(オズマピーアール パブリック・アフェアーズチーム)

(2)ルール形成で新たな市場の牽引役となる
【後編】“誰も食べたことのない食品”の市場をつくる——培養肉におけるルール形成の道筋

■ルール形成の実践のキーは「つながり作り」と「タイミング」

五十嵐匠(以下、五十嵐):私がパブリックリレーションズの仕事をしていて感じるのは、新しい市場づくりや社会活動に取り組む際、社会に実装していくまでに至るのが非常に難しいという点です。

私が取り組んだ仕事の一つに、製薬会社が取り組む疾患啓発があります。薬剤に関する情報発信だけでなく、患者さんが治療に至るまでに抱える悩みにアプローチして少しでも悩みを軽減し前向きになるよう働きかけ、一方で社会に対して病気や症状の理解度を深めて、総じて患者さんが治療に向かいやすい環境をつくるといった活動を行っています。

その活動の中では、「乾癬」という皮膚疾患に対して活動を行いました。乾癬で悩む患者さんにお話をうかがうと、治療に至るまでに衣食住の悩み、特に衣服に対する悩みが大きく、調査結果では約7割の方々が衣服に対してストレスや悩みを抱えているということが分かりました。中には、外に出る気にもなれなくて家にこもってしまうという方もいらっしゃいました。

そこで、患者さんにとって大きな悩みとなっている衣服に対してアプローチを考え、患者さんの悩みから生まれたアパレルブランドを立ち上げ、展開するプロジェクトを実施しました。衣服で制限されていた患者さんが着たいと思える衣服を展開し、製薬会社がつくるファッションという異業種とのコラボレーションにより日本ではまだ認知が低い「乾癬」という疾患の理解を促すことができました。しかしその際に痛感したのは、一社が取り組むだけでは、すべての患者さんがアクセス可能なものを作るのは難しいということです。

全国展開する巨大企業が参入してくるようなレベルになれば、高品質低価格の衣服が浸透していくでしょうが、そこまで市場を定着させるまでが難しいですよね。

ルール形成に携わっている吉富さんの中で、社会実装までしていく世の中づくりはどうしたら実現できると考えていますか。

吉富愛望アビガイル(以下、吉富):そうですね。やはり五十嵐さんがおっしゃるように、一社だけではなくいろんな企業を巻き込んでいく必要があると思います。

私は多摩大学ルール形成戦略研究所に入る前から、個人的に興味がある分野でイベント開催などを行ってきました。以前はブロックチェーンの業界で仕事をしていたのですが、その際にも何回かイベントを開催しています。海外企業にも声をかけて参加してもらい、コンタクトをとりたい人をつなぐといったリレーションズ作りの場にもなります。

五十嵐:なるほど!そこで横のつながりを作っていくんですね。

吉富:フードテックにまつわるコミュニティに参加したり、自分自身もSNSで積極的に発信したりしています。業界のキーパーソンも巻き込むことができれば、そこでさらに発信力は高まりますよね。

横のつながりができることで業界が活性化しますし、自分自身のキャリア形成のうえでも大切なご縁がいくつもできました。そういう経験を、培養肉の業界でも役に立てていこうと考えています。

あとはタイミングも重要ですね。コロナ禍で食料の安定供給に対する課題意識はますます強くなってきています。また日本でもカーボンニュートラルの目標が設定され、環境負荷を抑えた食品の重要性が高くなっている。そういう背景に後押しされて、農林水産省も新規食品に対して新しい承認の枠組みを作っていこうとしています。その機を見極めることも大切です。

五十嵐:国内外含めてステークホルダーを積極的に巻き込んでいくことと、仕掛けるタイミング、その二つが重要なんですね。

吉富:巻き込むステークホルダーのバランスも大事です。細胞農業研究会には、民間企業だけでなく省庁、アカデミア、グローバルNPOなどさまざまな分野から参加いただいています。ですから提言についても、バランスのとれた意見として関係省庁や議員の方に受け取っていただいていると思います。

培養肉の業界は市場としてはまだまだ規模が小さいです。もっと投資を増やして市場を大きくしていくためにも、ルール形成が重要だと考えています。

将来的なキャッシュフローを想定できないと投資に踏み出すことはできません。ルール作りが追いついていないのが、ボトルネックになってしまっているんですよね。ルールが整備されれば、数年間は指数関数的に投資が加速していくだろうと予測しています。それを鑑みても、ルール形成を迅速に進めていくことがキーになると考えています。

■日本のソフトパワーを最大限に活かして競争力を高めていきたい

五十嵐:吉富さんのお話をうかがうと、ルール形成においてパブリックリレーションズが担う役割は本当に大きいなと、身が引き締まる思いがします。

吉富さんは細胞農業研究会で広報委員長を務めるほか、本業では投資銀行のM&A業務に携わっていますよね。さまざまな経験を積んできていると思いますが、今後取り組みたいテーマなどはありますか。

吉富:私は食の分野に限らず、海外に対して日本が価値提供していける分野に興味があり、そのような分野を見つけて伸ばしたいと考えています。

もともと私はブロックチェーンの業界で仕事をしていました。当時、仮想通貨と呼ばれていた暗号資産に関して、日本が世界に先駆けてルールを作り、業界を牽引していったのを肌で感じていたんです。ルールができたことによって、さまざまな海外のスタートアップが日本で大手企業と協業する機会を模索していました。

五十嵐:新しい分野でルール形成を担うポジションにつくということは、海外からもさまざまな技術を呼び込めるということを意味するんですね。

吉富:日本は今は世界で一番の経済大国でも、軍事国家でもありません。では日本の強みは何だろうというと、一つはソフトパワーで、中でも食領域だと思っているからこそ細胞農業という産業を日本がリードできるようなルール形成を進めてきました。ですが食領域だけでなく、業界を牽引していくようなポテンシャルがある分野をほかにも発掘していきたいと考えています。

私は本業の投資銀行でM&Aアドバイザリー業務に携わっています。そこでさまざまな企業と関わっていくにつれ、現在我が国において、どの企業にどのような重要な技術・情報・人材があるのかを把握し、それらの海外への流出や軍事利用に対して歯止めをかける仕組みや、一方で自由な経済活動を促進するバランスが非常に大事であることに気が付きました。そのバランスを作るのはまた新しいルールであると考えます。

五十嵐:吉富さんのお話を伺っていると、国の競争力というスケールの大きい視点をお持ちのことに大変驚きました。そのようなお考えは持つようになったきっかけなどあるのでしょうか。

吉富:それは私がイスラエルにルーツがあることの影響が大きいのかなと思います。ご承知の通り、イスラエルは、ショアを生き延びた人々が建国しました。こうした国の成り立ちから、国の生存と個人の生存が密接に結びついているという感覚は、国民が広く共有しています。なお私はイスラエルで生まれて、生後3ヶ月程度で日本に移住しました。その後も毎年1ヶ月はイスラエルで過ごしています。

イスラエルでは、選挙のたびに親戚や友人の中で大議論になるんですよ、もうケンカ口調で。投票日は企業も一斉に休みになりますし投票率は約7割と非常に高い水準です。

五十嵐:それはすごいですね。

吉富:イスラエルには徴兵制もあり、いつ我が子が駆り出されるともわかりません。国のトップの判断が自分たちの暮らしに直接つながっているという意識があり、国が持っている課題に一人ひとりが責任感を持っています。私もそういう大人になりたいなと思いながら育ってきたんですよね。

それに、自分自身、イスラエルと日本、二つのルーツを持っていることも関係しているかもしれません。自分は何者なのか、どこに所属しているのかと考える機会が小さい頃から多かったですから。

五十嵐:なるほど。日本で育った私は、そういうことをあまり考える機会がなかったように思います。胸にぐさっと刺さる指摘です。日本でも、政府やルール形成に企業・市民がもっとコミットしようと思うような潮流を作っていくことも大切ですね。

一方でパブリックリレーションズは個人の視点も大切で。私は普段、先ほどご説明した患者さんなど、誰かの顔が見える仕事を心がけています。そのバランスが大切ですね。

吉富:そうですね。上滑りな机上の理想論だけでは意味がなくて、やはり人を理解しないことには何もうまくいかないと思います。多摩大学でルール形成を学んできましたが、今はそれを行動に移して、自分の身に取り込んでいく過程です。人とつながり、体感していく中でルール形成を実践していきたいですね。

吉富愛望アビガイル
多摩大学ルール形成戦略研究所 客員研究員/細胞農業研究会 広報委員長

欧州系投資銀行のアナリスト。
イスラエル出身。早稲田大学と東京大学大学院にて原子核物理学・低温物理学を専攻。

新興産業育成のエコシステム形成の観点・ルール形成の観点で、ブロックチェーン技術に関わるベンチャー企業にて海外案件のプロジェクトマネジメントに従事、イスラエル国防軍のS A R - E L プログラムに参加、多摩大学大学院にてルール形成戦略コースを修了。また、日本のソフトパワー研究として、伝統産業をテクノロジー活用で育成する会社への参画を経験。

現在は、外資系グローバルM & A アドバイザリーのアナリストとして国際M & A と経済安保の観点から日本の国際的アドバンテージを高めるべく探究と実践に取り組んでいる。その傍ら、日本の食産業の育成や、食料自給率向上という安全保障の側面から、培養肉のルール形成を行う細胞農業研究会の運営に参画している。

C R S 細胞農業研究会事務局広報委員⾧として、「培養肉・植物性タンパク質業界ニュースレター」を配信中。ニュースレターでは、細胞農業の主な議題である培養肉を取り巻く国内外の資金調達・ビジネス環境・規制・消費者コミュニケーション等を中心に、培養肉業界に影響を与える代替タンパク質業界の動きも合わせて配信している。

五十嵐匠
オズマピーアール パブリック・アフェアーズチーム

2016年株式会社オズマピーアール入社。これまで商業施設や大型テーマパーク、消費財、地方自治体、I T 、製薬会社、自動車などを担当。テーマパークでは、4 年に渡り開業P R から広報事務局業務、年間広報戦略立案に従事。外資系企業も多く担当し、世界的なソーシャルネットワーキングサービスのP R では、コンシューマー・ポリシー・ダイバーシティ& インクルージョンの各領域でプロジェクトリーダーとして数々のプロジェクトを手掛ける。「PRアワードグランプリ2020」シルバー 、「PR Awards Asia 2020」ヘルスケア部門ゴールド/パブリックエデュケーション シルバーを受賞。

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