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PAリレー対談~ルール形成の現場から(3)なぜ企業にとってルール形成が必要か【後編】羽生田慶介さん(オウルズコンサルティンググループ代表取締役CEO)

オズマピーアールは2020年6月より、多摩大学ルール形成戦略研究所と業務提携し、ルール形成市場のさらなる拡大と深化に向けて活動を進めています。社会構造の変容が急激に進み、それに伴うルール形成があらゆる分野で課題となっている今、新たな市場を作るためのパブリックアフェアーズへの関心はますます高まっています。

第3回は、多摩大学大学院ルール形成戦略研究所副所⾧/株式会社オウルズコンサルティンググループ代表取締役CEOの羽生田慶介さんをお迎えしました。民間企業がすぐに取り組めるルール「調達ガイドライン」についてうかがった前編に続き、調達ガイドライン作りを進めるにあたって企業がとるべき戦略について、弊社西山との対談を通じ、さらに話を深めていきます。

聞き手:西山卓(オズマピーアール パブリック・アフェアーズチーム)

(3)なぜ企業にとってルール形成が必要か

【後編】御社は10年後もありますか?
〜企業への問いが変わる中、未来への意思としてルール形成に取り組む~

■「お客様のお客様」の調達ガイドラインを変えるべし

羽生田慶介(以下、羽生田):自社の調達ガイドラインは明日にもできるルール形成としておすすめですが、もうひとつ角度を変えたアプローチとして、自分の買い方ではなく、お客様の買い方を変えるという戦略もあります。お客様の調達ガイドラインを変える戦略です。

私が代表を務めるオウルズコンサルティンググループは以前、QCDつまりクォリティ・コスト・デリバリー以外の要素でお客様から選ばれたことがありました。女性比率です。弊社はたまたま女性比率が高く、3分の2程度が女性の人員構成になっています。もし競争入札のコンペにおいて「ジェンダー構成」が最大の評価項目になっていたりすれば、うちは提案書の企画審査を経ずして受注が決まるかもしれません。とはいえ、うちの会社が自らコンペ元のお客さまの評価基準を変えることは現実的ではありません。

でもお客様である企業のさらに先のお客様、たとえば株主が、「SDGs>の観点から女性比率の多い企業と取引すべきだ」と要求したらどうでしょうか。

西山卓(以下、西山):株主の評価を得るために、女性比率の高いオウルズさんを使いましょう、となりますね。

羽生田:これが実現できれば、自社の事業に優位な市場を形成していくことが可能です。ただし、大事なことを覚えておいてください。「お客様のお客様」の調達ガイドラインを変えるには社会課題解決を目的にする以外ないんです。

西山:確かに、お客様のお客様に「うちが儲かるから調達ガイドラインを変えてください」と持ちかけても話を聞いてもらえるわけがありません。ジェンダーや人権という社会課題解決の観点から提案すれば納得してもらいやすいです。

羽生田:具体的な事例をご紹介しましょう。インドでのスマートメーター(通信機能を持つ電力量計)をめぐる話で、日本の部品メーカーが主人公です。

高品質ながらコスト競争では勝てない日本の部品メーカーから相談を受けた私たちは、日本の政府やNGOと組んで、インドのメーターメーカーの上流にあたる送配電会社に話を持ちかけました。

インドでは盗電が多く、電力会社は半分しか電力課金できてないというのが実態です。電気が安定しないと国策として製造業が育ちませんし、盗電の際に感電して死亡する人もいて大きな社会課題になっています。電力会社がインフラ投資して盗電を防がなければならないのですが、半分しか課金できないため利益が上がらず投資もできない。こういうジレンマに陥っています。

そこで日本チームは、送配電会社に対して、品質の良いスマートメーターを導入すれば、メーターの調達コストは多少上がっても、盗電ロスを防ぐことができて利益が上がりますよと提案しました。これが奏功して、送配電会社はスマートメーターのメーカーに対し、調達価格を上げてもいいから品質の良い部品の入ったメーターをつくるようにと指示を出しました。こうなれば、日本の部品メーカーに門戸が開かれるというわけです。

西山:まさに、社会課題の解決を掲げてお客様のお客様の調達ガイドラインを変える好例ですね。日本の部品メーカーの競争力も高まります。

羽生田:ただ、ルール形成を「競争戦略」としてのみ捉えるのは正しくありません。日本企業の悪い癖は、こうしたときにすぐ「自社より低スペックな部品は排除しよう」という考えが前面に出てしまうことです。送配電会社にとっての盗電ロスという課題解決につながるなら、なんでもウェルカムということにしておかないと、どんどんマーケットが小さくなってしまいます。それくらいの気概でいかないと、社会課題解決につながるような新しい市場形成はできないということを覚えておいてください。

■NPOやNGOの接続性、正統性を共有する重要性

西山:インドの事例では、企業だけでなく政府やNGOも巻き込んで上流の企業に働きかけました。政府や関係団体を巻き込む「仲間作り」も、ルール形成のひとつの大事なポイントだと思います。

羽生田:そうですね。特にNPOやNGOと企業の連携は、日本ではあまり進んでいませんが、重要なルール形成戦略のひとつです。

欧米にはグリーンピースやWWFなど、誰でも聞いたことのあるような大きなNPO、NGOが存在します。活動規模も大きく、優秀な人材をたくさん擁しています。一方、日本のNPO、NGOはこれらと比べると規模も影響も小さく、企業はその存在価値に気づいていないのが現状です。しかし、「お客様のお客様」と話をしようと思ったら、NPO、NGOと連携して社会課題解決のストーリーを構築する必要があります。

西山:連携する意義として、NPO、NGOの強みはどこにあるのでしょうか。

羽生田: ルール形成におけるNPO、NGOの強みは二つあると考えています。それは接続性と正統性です。

まず接続性。たとえ大企業の役員でも総理にアポイントを入れろと言われたら難しいと思います。しかし職員5人、10人のNPO、NGOでも、社会課題解決に必要な議論を交わせるなら、総理の会議に呼ばれます。このNPO、NGOの接続性はとてもパワフルです。

次に挙げた正統性はさらに重要です。社会課題を解決する際の正統性はNPO、NGOが持っている最も力強いアセットで、企業はこれに価値を見いだすべきです。

西山:正統性は、営利組織である企業は、なかなか持てない特質ですね。

羽生田:また例を挙げて説明しましょう。たとえば、センサーや画像解析技術に強みを持つ電子部品の企業が、SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」に貢献する新規事業を打ち出す場合。もし技術や製品・サービスが優れていて魚群探知や魚の生態に関するソリューションが秀逸だとしても、その新しい分野ではじめて対話するお客さまには「海については門外漢でしょう」と思われると営業はうまくいきません。

でも、WWFやグリーンピースのパートナーとして海洋保全に取り組んでいる企業となれば、納得感があってソリューションが売れたりします。元来、企業が正統性を備えるとなると、その分野で20年、30年と地道に実績を出す必要があります。しかしNPO、NGOと組むことで、その正統性を手に入れる道筋はぐっと縮まります。

西山:なるほど。ただ、企業にとってメリットはありますが、NPOやNGOにとっては、一方的に利用されていると感じると拒否反応が起こることもありそうです。

羽生田:フリーライドしてきたなと思われると、当然そういう反応になります。連携するからにはNPOやNGOの活動を正しく支援するだけでなく、自らがSDGsで企業に求めている「行動主体」としての役割を十分果たすことが大切です。

西山:パートナーとして信頼されて初めて、その団体の正統性を共有することができるわけですね。

■その企業、10年後もありますか?企業への問いが変わってきている

西山:これまでお話を聞いてきて、これからはただ自社の製品を売ればいいという時代ではなく、企業として自ら語らなければならないことが増えていると痛感します。

自社がなぜこの社会課題に取り組むのか、なぜこのNGOと組むのか。ストーリーを説得的に語れるかどうかが、ルール形成には必要とされているのではないでしょうか。

羽生田:そうですね。先ほどインドの事例でお話したように、お客様、その先のお客様、あるいはその他のステークホルダーを動かしていくには、それぞれの局面でどうWin-Winの関係をつくっていけるかが勝負です。いろいろなWin-Winがあって、それを一筆書きでつなげるデザインを描く人が必要。まさにストーリーテリングであり、PRの領域だと考えています。

私は今後、企業にとってPRはいっそう重要になっていくと考えています。それは企業の評価として、これまでの定量評価に加えて定性評価の重視性が増していくようになるからです。

これまで企業の価値をはかるには、ディスカウントキャッシュフローのような定量評価が用いられてきました。現時点から見て、1年目、2年目と利益を算出していき、最終年まで利益がずっと続くという想定で価値を割り戻して、現在価値とする。しかし、こんなやり方は成立しない世の中になりつつあります。

西山:社会構造が急激に変化しているので、5年後にその事業がどうなっているかなど、もはや予測不可能です。

羽生田:定量評価の信憑性がない中、M&Aや研究開発を評価する視点として大事なのは、果たしてこの事業を本当に続けるべきなのか、意義はあるのかということです。

これを統合報告書の中では「価値創造ストーリー」と呼びます。ディスカウントキャッシュフローで語れる事業計画だけなら有価証券報告書やM&Aのデューデリジェンスで済むところを、価値創造ストーリーを語らなければならないのは、「自分たちはこのように世の中から求められている。だから当社はなくならないのだ」と説得する必要があるからです。

ここで問われるのがPRの価値です。世の中の課題やニーズを的確に把握したうえで、定性的にきちんと評価してもらえる信憑性のあるストーリーをいかにつくれるか、発信者としての力がこれからの時代はいっそう求められていくでしょう。また一方で、ともすれば美辞麗句が並ぶ価値創造ストーリーを読み解き、適切に評価していく、定性ストーリーのアセスメントの力もこれからの世の中では必要とされます。

西山:これは大きなパラダイムチェンジです。これまでは客観的に外部環境を見ながら、この領域なら利益を出せそうだという基準で動いていました。しかしこれからは、ある意味自分本位で、あるべき姿や社会を描き、これを我々はやっていくんだと意思表明しなければならない。難しいことが求められているなと感じます。

羽生田:もう少し危機感のある言い方をすると、企業への問いが変わってきているのを認識できない企業は、生き残れないということです。

これまで企業が問われてきたのは、利益や競争力がどうかといった、有価証券報告書に書かれているような事項でした。今の企業に対する問いは、もう明確です。「御社は10年後もあるんですか」。

企業が存続できなくなる理由はさまざまですが、我々がよく見てきたのはガバナンスの観点から失敗が生じる例です。しかし今は、参入している市場ごとなくなるという事態もありえる世界になってきています。

西山:確かに……。化石燃料などは市場ごと消えてしまうかもしれません。「10年後もあるかどうか」は企業自身のサステナビリティと言えます。

羽生田:いま世界で最も金融資産が動いているのは年金の運用です。年金のように長く支払い続ける金融商品では、10年後になくなる企業には投資できません。必然的に、急成長している企業よりも10年後も存続しているであろう企業に投資します。ESG投資も同様の考えです。

西山:私もクライアントとお話ししていて、ステークホルダーから企業への問いが変わってきていると実感します。いまこそ10年後を見据えて、非市場戦略、なかでもルール形成戦略やPR戦略を実行するいいチャンスです。

羽生田:その通りです。社会課題に対して企業として能動的に覚悟をもって取り組む必要があります。たとえ他社がやらなくても自社が行動主体になって担う課題解決の分野を特定し、直接のお客さまだけでなく「お客さまのお客様」「行政」「NPO/NGO」などと広く話し合うことです。その先にルール形成戦略の具体的アイデアが見つかることでしょう。

羽生田慶介
オウルズコンサルティンググループ 代表取締役CEO
多摩大学大学院ルール形成戦略研究所副所⾧/客員教授
政府・ビジネス・NPO/NGOの全セクターにて社会課題解決を推進。 経済産業省大臣官房臨時専門アドバイザー | 一般社団法人エシカル協会 理事|認定NPO法人フェアトレード・ラベル・ジャパン 理事|認定NPO法人ACE 理事|一般社団法人グラミン日本 顧問| 経済産業省「Society5.0標準化推進委員会」等政策検討委員 | 民間臨時行政調査会「モデルチェンジ日本」メンバー。
経済産業省(通商政策),キヤノン(経営企画,M&A),A.T. カーニー(戦略コンサルティング),デロイトトーマツコンサルティング執行役員/パートナー(Social Impact / Regulatory Strategy)を経て現職。

西山卓
オズマピーアール パブリック・アフェアーズチーム
全国紙記者として事件事故や行政取材などを経験した後、オズマピーアールに入社。新聞記者とPRコンサルタントとしての経歴を背景に、メディアと企業広報の双方に通じたハイブリッド人材として活動中。
最近では、「経営にコミュニケーション力を」をミッションに、年間100人近い経営幹部に対峙。経営課題と事業ステージに合致したコミュニケーション戦略を立案し、攻めのPRから守りの危機管理広報まで提供。経営× コミュニケーション領域におけるディスカッション・パートナーとして、幅広いクライアントから評価を受けている。
ロンドン大学大学院開発学研究科修士課程修了/早稲田大学招聘講師(PR論)/多摩大学ルール形成戦略研究所客員研究員

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