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【ヘルスケアPRのミカタ】 “保険適用拡大”を前にNPO法人Fine 松本代表に聞く「当事者の声で創る不妊治療の新しいあたり前」(前編)

オズマピーアールでは、さまざまなヘルスケアに関わる組織と共にコミュニケーション課題の解決に取り組む「テトテトプロジェクト 」を通して、不妊治療の当事者支援団体「NPO法人 Fine 」の活動を支援しています。

Fine設立当時、不妊治療は今よりもはるかに社会での認知や理解が足りず、当事者は当事者同士で、掲示板などでつらさを共有することを繰り返すほかなかったといいます。そんな状況から「まず、声をあげよう」と立ち上がったのが、現理事長の松本亜樹子さんら4人の主婦でした。専門的な広報スキルを持たない4人が試行錯誤しながら地道に続けてきた活動は、徐々に、そして大きく広がっていくとともに、不妊治療に関するルール形成を提言するなど、社会的な影響力も獲得するまでに至っています。

このたび、Fineの活動のひとつである「不妊当事者の声で新しいあたり前を創る」は、公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会(略称:日本PR協会)が主催する「PRアワードグランプリ2021」にて、シルバーを受賞しました。受賞を記念して、松本理事長と、コミュニケーション活動をサポートしてきた当社ヘルスケアチームリーダー・野村の対談をお届けします。

松本 亜樹子さん:NPO法人Fine理事長

一般社団法人日本支援対話学会理事。長崎県長崎市生まれ。コーチ、人材育成・企業研修講師、フリーアナウンサーとして全国で活躍。自身の不妊の体験を活かして『ひとりじゃないよ!不妊治療』(共著)を出版。それをきっかけに2004年、NPO法人Fine~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会~を立ち上げる。

野村 康史郎:オズマピーアール オズマヘルスケア本部 部長

ヘルスケアクライアントを中心に、多様なクライアントのPR戦略立案から企画実行まで幅広く手掛ける。「カンヌライオンズ」「スパイクスアジア」「PRアワードアジア」「PRアワードグランプリ」など国内外のアワードをヘルスケア案件で受賞。日本パブリックリレーションズ協会「PR プランナー試験対策講座」の講師も担当。

▼目次
  • 当事者だけで話していても世の中は変わらない
  • 不妊・不妊治療の課題を集め発信することから始まった
  • 世の中やルールを変えるためのロビー活動まで発展
  • パブリックな会議に参加することでルール形成にも寄与

野村 康史郎(以下、野村): 2022年の4月から、体外受精などの不妊治療に公的医療保険が適用されます。このような大きなルールチェンジは、Fineが長年にわたり不妊当事者の声を届け続けてきた、一つの成果であると認められての今回の受賞でした。まずはお気持ちをうかがえますか。

松本 亜樹子さん(以下、松本):名誉ある賞をいただいて光栄に思っています。私たちはただ目の前のことをやってきただけなので、こんなふうに表彰していただけるなんて、正直びっくりしました。

野村:Fineでは、世の中に発信することに非常に力を入れていますね。

松本:もともとは普通の主婦が4人集まって始めたサークルみたいな活動で、特別なビジネススキルがある人もいませんでした。広報も何をしたらいいかわからなくて。でも、一人の声は小さいから届かないかもしれないけど、10人、100人、もしかして1,000人集まったら、もっと聞いてくれる人がいるのではないかと。とにかく声を集めて、一番届けたい先に送ることを心掛けてきました。

野村:まさしくパブリックリレーションズを実践した取り組みですね。それを自然と実現されているのがすごいと感じました。改めて、活動を始めた経緯をおうかがいできますか。

松本:Fineを設立した4人は、インターネットの掲示板で知り合った仲間なんです。私自身、不妊治療をしていた当事者なんですが、周りで不妊治療をしている人に出会うことはありませんでした。でも、掲示板を見つけて中をのぞいてみたら、たくさんの書き込みがあって。「こんなにたくさんいるの?私だけじゃないんだ」とびっくりしました。

掲示板ではいろいろな声があがります。お正月には赤ちゃんの顔写真が載った年賀状が届いて、「一緒に治療していたのに、生まれたらこんなもの送ってくるなんてひどい」と。ゴールデンウィークには家族連れを見たくないとか、お正月には実家に帰りたくないとか。盛り上がって、ときには炎上して、落ち着いていく。私、ある日「これ、デジャヴ?」と思ったんです。

野村:デジャヴ、ですか。

松本:なんでこんなに、毎年同じ会話が繰り返されるんだろうと。でもよく見れば、書いている人は毎回入れ替わっているわけです。妊娠した人は掲示板からいなくなり、また違う人が入ってきて、同じ話をしている。

私たちの悩みは何年も何年も同じことが続いて、まったく変わらない。なぜなんだろうと考えたら、「そうか、ここには不妊の人しかいないからだ」と気づきました。私たちがいくらインターネットで、不妊のここがつらい、こういう言葉は傷つくと訴えたところで、不妊当事者しか見ていないのでは世の中が変わるわけがない。だったら、この声はもっと外に向けて発信しないといけないと思いました。そこで、とにかく声を集めて届けることができないかと、お友達と私の4人で集まって始めたのがFineだったんです。

野村:2004年の立ち上げから活動は17年に及びます。活動を始めた当時、不妊や不妊治療の話題はどのように扱われていましたか。

松本:周りで話している人は誰もいないし、お友達や親きょうだいに話しても分からないし、ドン引きされる(苦笑)。親しいお友達でさえ、「何か悪いこと聞いちゃった」「この後どう会話を続ければいいのだろう」という雰囲気になってしまうので、おいそれと口にしちゃいけないイメージでしたね。

とても特殊なことをしているというイメージがありました。「試験管ベビー」という言葉を聞いたことはありますか?

野村:一時期すごく耳にしましたね。

松本:体外授精のことをそう呼ぶんですが、すごく科学的で人為的な響きですよね。まるで倫理的に間違っているかのようなイメージでした。

野村:今は考えられませんが、話すことも憚られるということは、集まって声を発信することも勇気が必要だったと思います。

松本:活動するにも、まず周囲に理解を得ることがハードルになりました。不妊治療には罪悪感や劣等感が伴うイメージがあり、夫や親、義理の家族にも「こういう活動をしようと思うけど、してもいいか」と許可を取らなければならないような感じでしたね。

集まってくれたスタッフやボランティアのメンバーの中には、反対されているからと家族に内緒で活動してくれる人もいました。医療者とのコミュニケーションでもハードルがあった気がします。

野村:それぐらい当時は、声をあげて語る人も少なく、珍しい存在と受け止められていたのですね。それから4人で、どのように活動をスタートしたのですか。

松本:何をしたらいいか全くわからなかったので、できるだけたくさんの当事者に何をしてほしいか聞こうと、設立準備アンケートをとりました。20のウェブサイトに協力してもらい、441人の方が、どこの誰とも知らない私たちに本音の声を寄せてくださいました。それをもとに5つの使命と8つの活動を決めて、活動がスタートしました。

野村:具体的には、5つの使命と8つの活動をどう広げていったんですか。

松本:まず、活動をお手伝いしてくれるサポートメンバーを募集しました。20人くらい集まってくれましたね。次に会員さんを募集すると、10人、20人、30人と増えていきました。今は約2,600名の会員さんがいて、約90名のサポートメンバーが活動しています。

野村:不妊当事者の皆さんの声から、どんな活動を始めたのでしょうか。

松本:小さいおしゃべり会を開いて話してもらう場を作り、さらに小さなイベントや勉強会、講演会を開催しました。

また、不妊や不妊治療に対するメンタルケアが全然ないという課題意識があったので、カウンセラーを育てるピア・カウンセラー養成講座を1年かけて準備しました。ピア・カウンセラーを育成して、認定を取ったピア・カウンセラーがカウンセリング活動を行います。

署名活動も大事です。不妊治療を行うクリニックや病院のご協力も得て署名活動を全国規模で行い、国会請願を行いました。要望書を担当の省庁に提出しただけでは、ポンと机に置かれたままになってしまう可能性もあり、その行方はまったくわからないという話を聞きました。これに対して国会請願は、署名を託したら議員さんが必ず国会に出し、その結果を回答してくださるんです。

超党派で七百数十名の全議員さんに国会請願していただけませんかとコンタクトをとり、協力しますと言ってくださった20〜30名の議員さんに署名をお送りして、皆さんからそれぞれ国会に出していただきました。

国会請願を積み重ねた結果、要望書を大臣に直接お渡しさせていただく機会も何回かいただけました。最初は国会請願をできるだけやり、今は要望書、陳述書を大臣等に直接手渡ししています。

野村:具体的にどのようなことを国会請願や要望書で出されたのでしょうか。

松本:まずは経済的負担の軽減です。それから不妊治療と仕事の両立支援。不妊治療のために仕事を辞めてしまう人が多いことから、仕事との両立支援を企業に働きかけていただきたいという要望を出しました。あとは教育で不妊の項目を扱っていただきたいという要望も出しています。

野村:ピアサポートにイベントもやり、ルールを変える国会請願にも活動が広がっていったのですね。

松本:ロビー活動を自分がすることになるなんて、夢にも思っていませんでしたけどね(笑)。

野村:当事者の声があり、それを叶える活動を突き詰めていったということなのでしょうか。

松本:定期的にアンケートをとって声を集めて、その内容から、「これに困っているな」とか「ここの数字がすごく大きいので何とかしなきゃ」と抽出していきました。スタッフと「今度のアクションはどうしようか」と考えたり、周りのお知恵を拝借したり。アンケート結果がグラフで出てきて、取り組むべき課題が見えてくると、さらに意欲が湧いてきますね。

野村:課題が見えてきた際、その解決を具体的なアクションにつなげていけるのが素晴らしいと思います。そのポイントはなんでしょうか。

松本:本当に目の前のことをやっているだけです。とにかくしつこく声を届けることを常にやってきました。厚生労働省とのやり取りも、最初はどこの誰ともわからない私たちのことなど相手にしていただけない感じでしたが、少しずつ覚えていただいて。話も聞いてくださり、会議の時に意見を聞きたいと委員に入れてくださるまでになりました。何かを決めていく場所に参加させていただくことは重要で、会議の委員に任命していただいたのは大きかったですね。

野村:声を集めて、声を伝える。言葉にすると簡単なようですが、すごくエネルギーがいることだと思います。その原動力はどこにあるのでしょうか。

松本:やはり、当事者の皆さんの声や笑顔が一番のエネルギーです。皆さん、初めて会に参加する時にはギクシャクして、緊張していて、顔も強張っているのですが、体験談を聞き、おしゃべり会でみんなとお話しすると、少しずつ緊張がほぐれてきて。そこから少人数のグループができてワーっとお話しすると、最後は本当にすっきりした、別人のような顔になって帰っていかれるんです。それを見ると、やっぱりこれはとても大事なことだとメンバーみんなが実感するので、しんどいけれども続けてきました。それが一番のエネルギーだと思います。

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