コロナ禍でも立ち止まらず、先進的な取り組みを実践する患者会の秘訣!「NPO法人 東京乾癬の会P-PAT」メンバーが語る “巻き込み力”とは。(前編)
今回お話を伺ったのは、症状が皮疹(ひしん)としてあらわれる慢性・非伝染性の皮膚疾患、乾癬(かんせん)患者さんの会「NPO法人 東京乾癬の会 P-PAT(ピーパット)」(以下、P-PAT)の皆さんです。
団体名に“東京”とありますが、オンラインコミュニケーションが進み、現在は地域を問わず、北海道から沖縄まで現在約240人が所属し、乾癬の正しい知識や情報の交換、イベントや勉強会を通して患者さん同士の交流を図っています。
かゆみや痛みといった身体的な辛さだけではなく、症状の見た目に対する偏見や誤解を持たれやすいなど、精神的なストレスを抱えている人が多い乾癬。
こうした辛さや悩みを患者さん同士で共有出来る場をつくるだけではなく、医師やメディアを巻き込みながら、社会へ積極的に発信し続けるP-PATの活動は多岐にわたります。
また、コロナ禍で従来の患者会活動を行うことが難しくなる中、いち早くオンラインへの対応を進めるなど、患者会の中でも常に先進的な取り組みを進められています。
オズマピーアールでは、『テトテトプロジェクト』というプロボノ活動において、患者さん、医師、企業、社会をつなぐ、ヘルスケア領域のコミュニケーションのあり方について考えています。
P-PATさんとは、2018年からさまざまな形で乾癬疾患啓発活動に携わり、そこで出会ったのを機に、活動をサポートしています。
今回は、そのエネルギッシュな活動事例や、いま力を入れているオンラインでの活動、さらにはこれからスタートする新たな取り組みや展望について、理事長の大蔵由美さんをはじめとする運営メンバー5名にご協力いただき、たっぷりと教えていただきました。
NPO法人 東京乾癬の会 P-PAT
2002年に東京地区乾癬患者友の会として発足。2010年に名称を「NPO法人東京乾癬の会P-PAT」と改め、現在に至る。乾癬フォーラムなどのイベントをはじめ、患者同士の交流会、会報誌『PSORIASIS』の発行など、乾癬に関する正しい情報の発信、コミュニケーション活動を行う。
https://www.p-pat.org
P-PATってどんな組織?
添川さん:東京は患者数が多いのに患者会がなくて困っている人がたくさんいたにもかかわらず、乾癬の患者会は「北海道」と「大阪」にしかありませんでした。東京に在住していた、乾癬の会(北海道)の会員さんが、2001年9月に幕張で日本乾癬学会学術大会と時と場所を同じくして開催された、乾癬学習懇談会で 「患者会をつくったほうが良いのでは」と北海道と大阪の会の方からご助言いただきました。
その日の夜、 当時2つしかなかった乾癬のホームページのオフ会があったんです。そこで出会った患者 さんたちが、学会二日目に開催した患者さん向けの懇談会にも参加してくれたので、この2日間で知り合った患者さん達に声掛けをし快諾をもらい、一緒に始動しはじめました。そして、 翌年「東京地区乾癬患者友の会P-PAT」を設立するに 至ったのです 。
大蔵さん:乾癬患者さんって、みんな孤独だったんです。でも、インターネットで顔も知らない乾癬患者さんとつながった。もう、その時の喜びったら! 同じ病気の人がこの世の中に、この日本にいるんだー! って。なにせ当時は生物学的製剤も 寛解する薬もなかったわけだから……。「ひとりじゃない」と思えることが、生きて行く上での支えになっていました。
添川さん:ウインドウズ95の時代だもんね(笑)。懐かしいなあ。
木戸さん:今年で発足から20年。若い人も少しずつ増えてきたよね。
大蔵さん:これまで患者会を知るきっかけの多くが、市民公開講座や新聞を見て連絡をく ださる人だったので、P-PAT は高齢者が多かったんです。だけど、実は若い乾癬患者さんの方が引きこもりがちで、そういう人たちが少しずつインターネットでつながってきたかなという感じがします。
添川さん:P-PATはLINEのオープンチャットをやってるから、そういうインターネットやSNSは若い人が患者会につながる入り口になるよね。
患者団体のトップランナー!? リアルとネットを駆使した活動
P-PATが発足当初から掲げているメッセージ、「ひとりじゃないよ」。この想いをセミナーやイベント、会報誌の発行などを通じて発信し続けています。
しかし、2020年に新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延という未曾有の事態が起こり、リアルでの活動が困難に。そんな中でも、P-PATのメンバーは活動の手を止めるわけにはいかないと、いち早くオンライン化に取り組みます。
鈴木さん:全国の患者会はコロナの影響でどこも活動ができなくなったんですが、P-PATは企業の助成金などもいただいて、2020年の春にオンライン化に踏み切れました。
これまで毎年行っていた年2回の「乾癬フォーラム」という勉強会も止めることなく、オンラインに切り替えて行い、さらに、これを機にほぼ毎月のペースでオンライン上で交流会ができるようにもなりました。数ある患者会の中でも先進的な活動なのかなと思います。デジタルやITに長けたメンバーがいてくれたおかげです。
添川さん:そうなんだよね。こういう団体は基本的にボランティア活動なので、運営にはやっぱりお金が必要なんです。そういう意味でP-PATがすごくおもしろいのは、それぞれが社会生活の上で培ってきたスキルを提供しあって成り立っている会だということ。みんな個性があって、得手不得手がある。自分の得意なところを出して、不得意なところはカバーし合って。そういうところが感動や喜びにつながっています。
大蔵さん:今日参加している上岡さんは町内会の役員をやめて(笑)、P-PATを手伝ってくれています。いつもは会報誌などの発送作業はみんなで集まってやってるんですが、コロナ禍になってからは全部上岡さんが庶務係として引き受けてくれて本当に助かりました。
添川さん:そうそう、上岡さんはご自宅でP-PATの資材一式を扱ってくれていて、毎日棚卸ししているんじゃないかってくらい在庫数が一覧になっているんです。ひと部屋丸ごとP-PATルームになってる(笑)
上岡さん:ははは。僕はアナログですからそういうことしかできないんです。
大蔵さん:木戸さんは名簿管理を一手に担ってくれていて、会員数の増減とか数字まわりのことはすべて木戸さんに聞けばわかります。新しい薬など学術的なことに強いのは添川さん。webまわりのテクニカルで助けてくれる鈴木さん。他にも、会計やります、セキュリティは任せてと、みんなが「それやるよ」って手を挙げてくださるので本当にありがたいです。
鈴木さん:みんな自分が苦しんできた中で、P-PATに辿り着いて助けられたから、今度は自分が助ける番だという気持ちで関わっている人が多いんです。ここにいる皆さんをはじめ、そういう方々が作り上げてきた会なので、その層の厚さみたいなものを実感しています。
大蔵さん:まさに役者が揃った! という感じで、 コロナ禍に一気にオンライン化を進めることができたのも、皆さんの知識や技術のおかげ。オンライン化したことで全国の患者会の方々が利用してくれたり、海外の方も参加してくれるようになったりと、広がりを見せています。
やっぱり、時代を感じていち早く反応していかないと、治療、医療、コミュニケーションにのっていけない患者さんを取りこぼしてしまう。一人でも多くの患者さんに 人生を楽しんでもらうために、できることは何でもやっていきたいと思っています。
次回は、患者会と医療者のコミュニケーションや、今後の展望についてお話いただきます!
NPO法人東京乾癬の会P-PATは、こちらからご覧ください。