想定の2倍を超える553万人が来館・「大阪ヘルスケアパビリオン」を支えた広報の裏側
1970年の大阪万博から55年の時を経て、2025年4月、再び大阪を舞台とした万博が開幕しました。大阪・関西万博では、160を超える国・地域・国際機関などが参加し、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに多彩なパビリオンが出展。新しい技術に触れ、未来を思い描くとともに、人と人がつながる喜びを感じられる場として大きな賑わいを見せました。
「大阪ヘルスケアパビリオン」は、開催地・大阪の地元パビリオンとして、大阪府・大阪市を中心に、産学官民が一体となり、「REBORN(リボーン)」をテーマに未来に実現を目指すヘルスケアや都市生活を展示しました。総来館者数は想定来館者数280万人を大きく上回る553万人を達成したとともに、パビリオンへの満足度は97.3%※。会期中の184日間の取材件数は国内外から970件を超え、様々なメディアご紹介をいただきました。
実際にパビリオンを体験した来館者からは、「新しい自分、未来の自分を考えさせられ、将来像を描く一歩となった」 「自分の将来を見つめ、今を大切に、健康を意識して、より良い未来を生きるために日常の習慣を変えていこうと思えた」などのコメントが寄せられ、パビリオンでの体験がより未来への意識や行動変容を促しました。

オズマピーアールは、広報プロモーション等事業に従事した博報堂チームの一員として、主に広報業務の面で会期前から携わらせていただきました。
本記事では、公益社団法人2025年日本国際博覧会大阪パビリオンの職員として広報を推進されてきた、山縣さん、小村さん、西野さん、小滝さんにインタビュー。
大阪ヘルスケアパビリオンの歩みを振り返りながら、国際的なイベントにおいて、どのような広報アクションを取ることで、いかに話題を最大化させ来館を促すことができたか、来館者にメッセージを伝えることができたか、その要因について考えていきました。
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オール大阪で創り上げた「大阪ヘルスケアパビリオン」誕生の経緯
OZMA:
改めて、大阪ヘルスケアパビリオンについてご紹介いただけますか。
山縣さん:
「大阪ヘルスケアパビリオン」は、生まれ変わりを意味する「REBORN(リボーン)」をテーマに、オール大阪の知恵とアイデアを結集し、未来に実現を目指すヘルスケアや都市生活を体験できるパビリオンです。大阪府・大阪市が中心となり、協賛企業118社、協力機関19団体の方々など、産学官民一体となって出展しました。
メインのリボーン体験では、最初にカラダ測定ポッドで健康データを取得し、データを元に作成した25年後の自分(アバター)に対面いただきます。その後から“リボーン(生まれ変わり)”がスタートし、各企業のブースで未来のヘルスケアや暮らしを体験し、その経験を重ねていくことで、より良い姿に自分を変化させていただきます。そして、最後にもう一度生まれ変わった自分の姿をご覧いただき体験は終了します。この一連を通じ、最新の技術に触れながら、未来に期待を持ち、健康を意識するきっかけになることを目指していました。
委員会が発足したのは2018年。振り返ると7年もの間、活動していたことになります。地元パビリオンということもあり、他のパビリオンよりも動き出しは早かったと思います。



OZMA:
25年後の自分の姿を見て喜んだり、落ち込んだりして終わるのではなく、「この未来をより良く変えていくために何をしていく必要があるのか?」と考えることができる展示が続いていくのが良かったですよね。自分の未来を変える選択を「リボーン」と呼んだことも秀逸でした。
委員会の発足は2018年とのことですが、パビリオンのコンセプトはいつ頃から定まっていったのでしょうか。
山縣さん:
当初から「自分の健康や命について考え、行動してもらうきっかけの場となりたい」というお話はありました。そこから議論を重ね、今回のコンセプトが定まり、企業のみなさまへのお声がけがスタートしました。多種多様な企業の皆さまにご参画いただき、リボーン体験の中で、うまく1つの世界として繋げることができました。各企業やアドバイザーの先生など、それぞれその道のプロの方々からご意見をいただき、出展企業のみなさまの「このパビリオンで最高のものを見せたい」という熱意がここに込められています。
そうした熱がこもったこのパビリオンをどう発信していくか、広報は重要な役割でした。

会期中970件超えの取材を獲得。広報を行う上での3つの心がけ
OZMA:
ここからは、どのような広報アクションによって来館者にメッセージを伝えてきたのか、いかに話題化させ、結果として来場に寄与したのか、その要因を考えていきたいと思います。改めて振り返って、広報活動を推進する上でどのようなことを大切にしてきたのでしょうか。
西野さん:
① 先手での情報発信と取材いただけるチャンスを取りこぼさない
② 取材対応フローを構築し、取材しやすいパビリオンへ
③ コンセプトを丁寧に伝え、リピート取材につなげる
この3点によって、メディアを通じた発信を少しずつ重ね、世の中の興味関心につながるよう努めました。
まずは、①「先手での情報発信と取材いただけるチャンスを取りこぼさない」についてです。
結果として万博は大きく盛り上がりましたが、開幕前は情報がなかなか出揃わず、一般の方々からは「万博でどんな体験ができるのかイメージが湧きにくい」という声が多く挙がっていました。
そうした中、地元・大阪が出展するパビリオンとして、万博を盛り上げたいという思いもあり、できる限り一番手で、あるだけの情報をすぐに発信することを心がけていました。
どのパビリオンよりも早く、開幕前から竣工式やコンテンツ発表会、内覧会など情報発信の場をつくり、段階的であってもこまめに情報を発信したことで、徐々に一般の方々へも万博のイメージを伝えていけたのではないかと思います。
また、取材は基本的に全てお受けするという方針で、メインの広報担当4名とオズマピーアールさんで連携して取材対応を行い、発信いただけるチャンスを取りこぼすことのないよう心がけました。1日で複数のパビリオンを取材して回りたいというメディアの方が多く、取材可能な時間が限られていたり、急なスケジュール変更が起きたり、ご要望も多様でしたが、断らないための調整があってこそ、多い日は10件以上の取材対応を半年間続けることができました。
OZMA:
こまめに情報発信をする・取材の場を設ける・積極的に取材を受ける、どれも広報の基本ではありますが、実際に行うことは相当ハードルが高かったと思います。関係者の方々全ての努力の賜物ですね。そうした積み重ねによって発信が増え、メディアの方とのリレーションも築いていくことができました。
2つ目の②「取材対応フローを構築し、取材しやすいパビリオンへ」は会期前から共に試行錯誤させていただきました。実際運用してみていかがでしたか。
小村さん:
特に、当パビリオンは多くの協賛企業の方々が参画されており、様々なルートから取材が飛び交うことが予想されていました。そこで会期前からあらゆるケースを想定し、メディア専用の取材申請フォームを用意。協賛企業の方にも申請フローについて周知し、ご協力いただいたことで、最終的にはどこから取材申し込みがきても一元管理できる体制を構築することができました。その結果、漏れが発生せずスムーズにメディアの方とコンタクトが取れたと思います。
また、毎日数多くの取材対応をする中で、いつ・どのメディアの方がくるのか・現段階の調整内容など、クラウドサービスを使いメンバー全員で管理しました。取材対応が続くとデスクに戻る時間もありませんでしたが、隙間の時間でスマートフォンから進捗を確認でき、常に最新の状況を把握できたので助かりました。
OZMA:
メディアの方からも「取材申請がしやすい」というお声をいただいていましたね。また、私たちも同時に数十件の取材調整を行う中、皆さまの空き状況や撮影エリアがバッティングし合わないかなど、全体を把握できたので、うまくスケジュールを組むことができました。
山縣さん:
あと、メンバー同士の仲が良かったことも印象的です。コミュニケーションがしっかり取れて、お互いの状況を把握していたからこそ、フォローもしあえているなと感じました。チームが良いと仕事は回るのだなと実感しました。
OZMA:
そう思います!
主にオズマピーアールがメディアの取材窓口を担い、調整したものを会場現地で広報チームの皆さまが対応してくださるという分業制でした。だからこそ、ボタンのかけ違いが発生しないようコミュニケーションをとることがとても重要でした。現場の最新の状況や、気をつけて調整してほしいポイントなどを細やかにフィードバックしてくださったので、トラブルが起きにくかったと思います。
あと、意外と仕事に関係のない話題で盛り上がりましたね。話しやすい関係性は特にチームビルディングの上で大切な要素です。
小滝さん:
最後の③「 コンセプトを丁寧に伝え、リピート取材につなげる」について。
当初から心がけていたことですが、パビリオンのコンセプトは、常にメディアの方に丁寧に説明するようにしていました。25年後の自分に出会う体験は目玉ではあった一方、その体験自体がゴールではありません。そこから「リボーン」するために、その後に続く各企業のブースにしっかりと目を向けてもらえるよう努めました。
そうした理解を持ってパビリオンの様々なブースに目を向けていただいたので、新しい発見を見出していただき「今度はあの企業ブースを取材してみよう」「別の切り口で企画をたててみよう」と、リピート取材につながったと感じています。
OZMA:
これも広報の基本ですが大切なことですよね。通常、一度ご取材いただくと、すぐに同じメディアに取材していただくことはなかなか難しいです。開幕・閉幕以外の時期に、どのように取材意欲を再度喚起できるかは一つの懸念事項でしたが、取材対応件数が増えると、作業的になってしまうパターンも少なくない中、メディアの方々との丁寧なコミュニケーションによって多くのリピート取材が実現しましたね。
こうした3つの心がけ積み重ねがあったからこそ、「大阪ヘルスケアパビリオンをまた取材してみよう」 「大阪ヘルスケアパビリオンに行けば何か取材できる」とメディアに思っていただき、多様な切り口での発信が増えました。その情報に触れた生活者の方の興味や行動喚起につながり、実際に訪れた人の声がSNS上でも拡散、また新たな話題や評判を生む…という好循環になりましたね。結果として、会期中盤も情報発信量が落ちることなく閉幕まで走り続けることができました。

新たな未来への一歩を歩みだした大阪ヘルスケアパビリオン
OZMA:
パビリオンでの思い出を教えて下さい。
小滝さん:
ある海外メディアの方が25年後の姿を見た時、涙を流されている姿は印象的でした。自分のお母様の姿に似ていたようで…。その涙の理由は深くはお聞きできませんでしたが、心の琴線に触れるパビリオンに携わらせていただいたことがすごく印象に残っています。
山縣さん:
今のエピソードに対して、25年後の自分の姿をみてショックで怒るお子さんもいました(笑)。ただ、それで終わりではなく、じゃあどうすれば自分が理想とする未来の自分になれるか、ブースを巡って考えてみようというメッセージもきちんと伝わったようで、感慨深かったです。
小村さん:
ある取材で、お体の事情で万博は訪れることはできない方々が旅気分を味わうため、万博会場をライブ中継する企画がありました。そこで、大阪ヘルスケアパビリオンの案内人として私が登場させていただきました。視聴者の方からどんな質問が飛び交うか予想できない中、少しでも楽しんでいただけるよう試行錯誤して準備をしました。まさか自分が出演するとは思ってもいませんでしたが、新しい形でパビリオンを体験いただけたことがとても嬉しかったです。
OZMA:
本当に会期中はたくさんのドラマがありましたね。
最後に、大阪ヘルスケアパビリオンを通じて期待するこれからの社会の姿を教えて下さい。
山縣さん:
今、大阪ヘルスケアパビリオンで展示した技術は、実際に社会で役立つサービスとして事業化するなど、各方面でレガシー事業が進んでいます。
例えば、「ミライのヘルスケア活動サポート事業」では、日常的に体測定ができ、その結果に基づいてパーソナライズされたサービスを受けられる仕組みを提供しています。現在は体測定サービスが中心ですが、今後は様々なヘルスケアサービスを提供していく予定です。
出展に向けて協賛企業の方々と話し合った際、既存のヘルスケアサービスが世の中に多数ある中で、いかに「パーソナライズ」を実現するかという課題が見えてきました。例えば、「太っている人にはこの運動が良い」という一般的な提案ではなく、個々の状態に合わせて「あなたにはこの方法が最適です」と提案できるサービスが求められています。こうしたサービスの実現によって、健康寿命と平均寿命の差を縮めることが可能になると考えています。大阪ヘルスケアパビリオンはそうした未来社会を目指しており、協賛企業の方々も同じ思いで参加してくれました。
パビリオンはその未来社会の一部を表現する場であり、ここでの取り組みが実際に広がっていくことで、誰もが健康で楽しく暮らせる社会の実現につながると考えています。

お話をお伺いし、広報においてまずはメディアの方が取材しやすい環境を整えること、そして様々な人の思いを汲み取り丁寧にコミュニケーションをとっていくことの大切さを改めて感じました。
7年以上の月日をかけ、多くの企業・団体が関わった「大阪ヘルスケアパビリオン」は大阪・関西万博の閉幕と共に幕を閉じましたが、いままさに実装化に向けた歩みを進めています。
パビリオンで展示されたミライのヘルスケアが、近い未来に“あたらしい当たり前”となること、その先に、みんなが前向きに年を重ねながら豊かに暮せる日々を我々も楽しみにしています。
【参照】
※ 2025年日本国際博覧会大阪パビリオン推進委員会委員総会 2025年11月15日 発表「報告事項1 大阪ヘルスケアパビリオンの総括(速報版)」より