オズマピーアールは2020年6月より、多摩大学ルール形成戦略研究所と業務提携し、ルール形成市場のさらなる拡大と深化に向けて活動を進めています。社会構造の変容が急激に進み、それに伴うルール形成があらゆる分野で課題となっている今、新たな市場を作るためのパブリックアフェアーズへの関心はますます高まっています。
第6回は、パブリックアフェアーズコンサルティング事業を展開するOpenPolicy株式会社代表の長島淳史さんをお迎えしました。中央省庁から民間企業に軸足を移してパブリックアフェアーズに従事し、法整備から世論醸成までさまざまな取り組みをしてきた長島さんに、前編では企業でパブリックアフェアーズを実践するための考え方、意識すべきポイントについてお話をうかがいました。
聞き手:青木大希(オズマピーアール パブリック・アフェアーズチーム)
(以下、本文)
学生時代からルール形成に関心を抱き中央省庁へ
民間企業との関わりからパブリックアフェアーズの道に
青木大希(以下、青木):長島さんは官僚としてのキャリアののち、民間企業でパブリックアフェアーズ(PA)に取り組んでこられました。そもそも官僚を志した背景にはどんな思いがあったのですか。
長島淳史氏(以下、長島):大学では法律を学んでいました。当然ながら弁護士になる人が多いのですが、弁護士の仕事は既存の法律を解釈してどう役立てていくかという発想です。その中で私は制度を作る側のほうに興味を持つようになり、中央省庁に行きたいと思ったのが出発点です。
私自身は地方の出身で、日本全体の人口が減っていく中、どうやって地方を維持していくのかを大きな課題として感じていました。そのため地方のまちづくりなど、具体的で多様な課題に取り組める国土交通省を選びました。
入省してからは実際、多様な業務を経験しました。皆さんがイメージしやすいところでは、当時開通予定だった北陸新幹線の運賃設定の議論だったり、羽田空港の拡張やLCCの振興などの議論に携わりました。
青木:国交省の次には公正取引委員会へ移られました。そちらではどんな業務をされていましたか。
長島:人事異動による出向でしたが、私が担当していた業務は大きく二つの領域で、一つは電気通信、電力ガスの競争政策です。電気通信は総務省、電力ガスは経済産業省が監督省庁ですが、公取では独占禁止法など、全体の競争政策の立場で、事業法と競争法がコンフリクトを起こさないようにしつつ調整を図る仕事でした。電力自由化や、格安SIMの登場に伴う競争ルールの議論などを担当してきました。
業務の中で実感するようになったのは、特に通信分野において、インフラ企業よりもさらに大きなプレイヤーが大きな影響力を持つようになっていたことです。「Over the TOP」と呼ばれる、GoogleやAppleといったグローバル企業は、実際の通信インフラを持っているわけではないのですが、そのプラットフォームはもはやインフラ化している。その影響力はアメリカの企業でありながら、日本やヨーロッパ等他国に対して非常に大きくなり、制度自体にも影響を及ぼすようになっています。ルールメイキングに携わるにはもちろん国の中で取り組むのが王道ではあるのですが、企業側から政策を考えていくというアプローチにも興味を持つようになりました。
青木:当時から民間企業から意見を聞いてコミュニケーションを取る機会も多かったのでしょうか。
長島:そうですね。産業政策としては規制するだけでなく、企業の成長も考える必要があります。特定の一社だけに利益をもたらすのではなく、産業全体が盛りあがるような制度は歓迎すべきことですから。ただ制度を考えていく上で実際の事業に関わる情報は行政側にはなく民間企業にあるので、複数の企業と情報交換は活発に行っていました。
青木:企業からのインプットは重要だと中央省庁側も明確に意識してコミュニケーションを取っているんですね。
長島:もう一つ携わっていた領域は、規制の影響評価です。新たな規制は基本的には企業にとってはコストになります。かつ競争に悪影響を及ぼす可能性があり、そこを評価するのも公正取引委員会の担当業務でした。
私が携わっていた2016年頃はシェアリングエコノミーが盛りあがってきた時期です。新しいビジネスモデルが次々と生まれる中、新規参入を増やしながら既存の産業や社会構造の変化にも配慮するにはどんなルールメイキングが必要なのか、これまでとは異なる流れが生まれてきていました。
私はこの流れに強く興味を引かれまして。そこへちょうど、Airbnb社とのご縁があったこともあり、民間側からルールメイキングに携わってみようと軸足を移すことにしました。
法整備から世論醸成までルール形成全般に携わる
青木:AirbnbからFacebook、エウレカとさまざまな民間企業でパブリックアフェアーズの活動をされてきた長島さんですが、いくつか事例を紹介いただけますか。
長島:2案件、簡単にお話しします。まず省庁から2017年にAirbnbに転職したのですが、その年に民泊新法が公布、翌年に施行されるというタイミングでした。国の法令は、法律の下位に政令や省令があり、ガイドラインの策定も必要です。しかも民泊新法は実際に運用するのは自治体であるため自治体側の準備もあります。施行までの1年間で内容を詰めなければならないという状況で、中央省庁や自治体を相手にガバメントリレーションズを担当しました。
もう1例は、エウレカというマッチングアプリ企業での活動です。皆さん、マッチングアプリにはどんな印象を持っているでしょうか。けっこう使われている印象か、まだ浸透していない印象か……。人によってかなり違うのですが、実際は20%くらいがマッチングアプリが出会いのきっかけとなって結婚しています。でもアメリカなどと比べると利用は少ないです。日本では出会い系サイトの悪印象と結びついてしまうという特殊事情もあり、なかなか受け入れられなかったんですね。
この悪印象をどう取り除き、マッチングアプリというサービスや業界の社会的正当性をどう上げていくのかが大きな課題でした。マッチングアプリ各社が加入する団体で自主基準を作ったり、第三者機関で認証制度を新たに作ってもらう調整を進めると同時に、省庁や議員とコミュニケーションをしながら、自治体との連携も進めてきました。このように、マッチングアプリ業界の社会的正当性や評判を高めていく活動を、個社としても団体としても行ってきました。
また、マッチングアプリは、関係団体や広告媒体の自主規制で広告を出せないことが多かったのですが、社会的正当性を上げる活動と並行して、こうした規制を見直しできないかというコミュニケーションも行ってきました。
青木:ルールメイキングは国の法律という「ルール」だけでなく、業界の基準やガイドライン、あるいは世論といった社会に浸透する見えない「ルール」も含まれます。エウレカでは全方位的にルールメイキングに携わってきたのですね。なかでも社会的正当性を向上させる活動は、明確なルールではないため難しい挑戦だったと思います。どのようにメッセージ設定して取り組んでこられたのでしょうか。
長島:大きな社会課題と結びつけた活動をしていました。具体的には少子化問題です。少子化問題を紐解いていくと、夫婦1組あたりの子どもの数が減っているように見えるのが問題であるかのように見えるのですが、実は独身未婚の人が増えていることのほうに課題があることが統計上で表れています。さらに見ていくと、結婚するかどうかの選択の前に、そもそも出会いの機会が減っているという課題があります。現代は会社が恋愛の舞台になることも減ってきましたし、かつては合コンなどの出会いの場もありましたが、コロナ禍で激減してしまいました。そこで行政と民間が連携してできることとしては、出会いの機会を創出する手助けをすることだと設定しました。
青木:結婚するかどうか、子どもを持つかどうかという個人の選択に、行政や企業が介入することは難しいし適切ではありません。そういった難しさもある中、最初のボトルネックとして出会いの機会を設定してソリューションにつなげていったんですね。
こうして社会的正当性を上げていく活動をしながらルールメイキングに取り組む中、企業活動に関係する国の法律に関わっていく場合、そしてお話に出てきたように業界団体の設立や業界自主規制などビジネスセクターにまつわることや、世論を変えていくといった必ずしも法律ではない部分を変えていく場合とでは、アプローチに違いはあるのでしょうか。
長島:規制緩和などであれば対象物が明確で議論もしやすいのですが、世論は掴みどころがない分、難易度が上がる印象はありますね。それぞれのステークホルダーに対峙していくときに手法のディテールが変わってくると思います。ただ、大事なのは、人々が何に依拠して行動しているのかを探り、いかにその認知や世論を変えていくかであり、その作業は共通しています。
青木:「ルール」といっても、法律・条例のような強制力のあるルールから、自主規制やガイドライン、世論や社会規範といったある種の「空気」まで、そこにはさまざまなグラデーションがあります。どこか一面にフォーカスするのではなく、すべてを統合してルールメイキングに取り組んでいくことが求められますね。
スタートアップや外資企業など
従来の日本的な制度の枠外の企業にPAは必要
青木:長島さんの民間企業でのキャリアはAirbnb、Facebook、エウレカと、いずれもグローバル企業です。アメリカなど海外と比べて、日本のパブリックアフェアーズは立ち後れていると言われることも多いですが、長島さんはどう捉えていらっしゃいますか。
長島:アメリカに比べて日本はロビイングを含めたパブリックアフェアーズは活発ではない印象を受けます。ただその理由はルールメイキングに長けていないからなのではなく、そもそも統治の制度が違うことにも起因しているのではないかと考えています。
これは私の仮説ですが、日本でロビイングが浸透しないのは、もともと違う形で企業と政治家や省庁との意見交換が行われているからではないかと思います。たとえば経団連などが代表的な例ですね。
青木:コーポラティズム(※)ですよね。
※政策決定に企業や労組などの団体を参加させるシステム。(出典:小学館デジタル大辞泉)
長島:コーポラティズムが強い国において、政官財のコミュニケーションが自然に成立していれば、あえてロビイングする必要もありません。経団連に入っていなくても、業界団体が同じような役割を果たしています。ある種ムラ社会的な統治制度が浸透しているわけです。アメリカは個人主義で多元国家だから、基本的にはみんながそれぞれ自分の意見や利害を表明して、議論しながらものを決めていく仕組みがベースです。だからロビイングも積極的に行っていく必要がある。
日本では日本なりの統治制度に沿ったかたちのパブリックアフェアーズがあると思います。ただその中でスタートアップや外資系企業は既存の政策形成メカニズムの枠外にあるため必然的に不利になります。だからこそ、そういう企業は意識的にロビイングなどパブリックアフェアーズに取り組むことが重要です。
(後半に続く)
長島淳史
大学卒業後、国土交通省、公正取引委員会にて政策立案に従事。その後、Airbnb Japan株式会社公共政策本部上席渉外担当、Facebook Japan株式会社公共政策部パブリックポリシーマネージャー、株式会社Eureka/Match Group政府渉外・公共政策部長など、複数の外資系企業にて公共政策・政府渉外の担当者・責任者を歴任。企業インハウスの立場から、主にテクノロジー分野のルールメイキングを推進してきた。2023年にOpenPolicy株式会社を設立し、現在は企業のパブリック・アフェアーズ活動の支援を行っている。
青木大希
パブリック・アフェアーズチーム
群馬県の地方紙「上毛新聞」に記者として6年勤務。報道部社会担当、高崎支社報道部、運動部に在籍し、事件・事故、地方行政、国政選挙、プロ・アマチュアスポーツを担当。群馬、埼玉で発生した集団食中毒問題(2017年)、群馬県高崎市の公共事業を巡る贈収賄事件(2019年)など、危機事案の取材経験も多く、リスク・クライシス対応をメディア視点でアドバイス。
オズマピーアールに入社後は、交通インフラ企業や大手IT企業、製薬企業などに、年間30件以上のメディアトレーニングを提供。この他、ルール形成支援のパブリックアフェアーズ活動も行う。
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