不祥事発覚による本質的な影響とは?
クライシス・コミュニケーションとは、日本パブリックリレーションズ協会のホームページによると、「不測の事態を未然に防止するための、そして、万一不測の事態が発生した場合にその影響やダメージを最小限にとどめるための「情報開示」を基本とした、ステークホルダーへの迅速かつ適切なコミュニケーション活動」と定義されます。その中で、不祥事が発覚した企業のクライシス・コミュニケーションの実務において重要となるのが、発覚した不祥事を社会に向けて報道するメディアへの対応です。メディアの報道により不祥事が発覚した企業が社会的に批判を受けることとなり、その報道内容によってはその不祥事の影響が長期化するケースもあります。
しかしながら、クライシス・コミュニケーションを行う上で本質的に重要な点は、メディアの報道内容だけではなく、不祥事発覚によって社会またはステークホルダーの認識がどう変化し、それが企業経営にどのような影響を及ぼすかという点です。不祥事が発覚することでその会社にネガティブな感情を生活者から抱かれることになりますが、その結果、その企業の商品サービスの購買意欲の低下や株価の低下などが起こることが米国の研究で指摘されています(Coombs, 2015)。売り手市場である最近の日本の人材市場を踏まえると、企業も人材の確保が重要になりますが、不祥事発覚によりその企業で働く人の就業意欲の低下も確認されています(Gadgil & Sockin, 2020)。このように、不祥事の影響はその多くが企業に対する人々の認識の変化(悪化)から生じるため、この認識の変化を把握することが重要になります。
不祥事の発生原因によって人々の認識は異なる
不祥事の発覚による影響は、不祥事の内容(≒悪質性)によって異なることが考えられます。企業の内部要因により発生した不祥事(たとえば、管理体制の不備による情報漏洩)など、企業やその役職員に直接的な原因がある不祥事は、生活者から企業の管理責任を強く批判されることになり、その企業のレピュテーションは大きく毀損する可能性があります。さらには不正会計や役員のハラスメントなど、意図的に起こした不祥事はさらに深刻な影響を受ける可能性があるでしょう。一方で、天災による工場火災といった企業に直接的な原因のない不祥事はレピュテーションには大きな影響を及ぼさない可能性があります。
米国の研究(Coombs, 2007)では、不祥事を、組織に帰属する責任の度合いに応じて複数のクラスター(「危機クラスター」)に分類し、そのクラスターごとに望ましいコミュニケーション戦略(「危機介入」)を推奨しています。そのクラスターとは、被害者クラスター(victim cluster)、偶発的クラスター(accidental cluster)、予防可能クラスター(preventable cluster)の3つが挙げられています(表1)。クラスターごとに不祥事に対する生活者の認識が異なるため、それぞれ取りうる危機介入が異なることになります。
表1: 各危機クラスターの概要
危機クラスター | クラスターの内容 |
---|---|
被害者クラスター (victim cluster) |
組織も危機の被害者として位置づけられる (危機責任の帰属が弱く(weak attribution)、評判への脅威が低い) 自然災害(地震等の自然現象が組織に被害を与える) 風評被害(組織に関する虚偽または悪意ある情報が流布される) 職場内暴力(現職または元従業員が現職従業員を現場で暴行する) 製品の改ざん/ 悪意ある行為(外部要因が組織に損害を与える) |
偶発的クラスター (accidental cluster) |
危機を招いた組織の行動は意図的ではなかったと位置づけられる (危機責任の帰属が最小限(minimal attribution)で、評判への脅威は中程度) 課題の提起(組織が不適切な方法で運営されていると利害関係者が主張) 技術的故障による事故(技術や機器の故障が原因で労働災害が発生) 技術的故障による製品被害(技術や設備の故障により、製品回収が必要) |
予防可能クラスター (preventable cluster) |
組織が意図的に人々を危険にさらし、不適切な行動を行った、または法律や規則に違反したと位置づけられる (危機責任の帰属が強く、深刻な評判上の脅威) 人的エラーによる事故(人的エラーが労働災害を引き起こす) 人的ミスによる製品被害(人的ミスにより製品回収が必要となる) 組織的不正行為(利害関係者がだまされる(人的被害はなし)) 経営陣による組織的不正行為(経営陣が法律や規則に違反) 傷害を伴う組織的不正行為(利害関係者が危険にさらされ、負傷者が出る) |
(出所)Coombs(2007, p.168)
不祥事が発覚した企業が最も考えるべきことは、まずはその不祥事により不利益を被る被害者の補償・救済でしょう。次いで、企業経営という観点から考えると、自社のステークホルダーの利害を守ることが重要となり、同時に、自社の経営に対する影響を小さくすることが重要になります。そのように考えた場合、不祥事の発覚により前述した悪影響がどの程度深刻になるのかを把握することが必要となり、不祥事によってどの程度人々の認識が悪化するのかを把握することが重要になります。
不祥事ごとの生活者意識の可視化
不祥事それぞれに対する生活者の捉え方は異なりますが、個々の不祥事に対して生活者がどのような認識を持つのか、不祥事の内容により企業経営への影響はどのように異なるのか、といった点はこれまで定量的には十分に示されてはいませんでした。また、不祥事ごとの生活者の認識を明らかにすることは、クライシス・コミュニケーションを検討するうえでも有用な情報になることが考えられます。これらを踏まえ、当社では、アイブリッジ株式会社が提供するセルフ型アンケートツールFreeasyを用いて不祥事に関する生活者意識調査(「本調査」)を行いました(実施期間: 2024年7月23日、有効回答数200(20歳以上の10歳刻み、年齢男女均等割り付け))。
本調査では、日本の上場企業が起こした不祥事という前提で15事案(不正行為やハラスメント、情報漏洩など)抽出し、15事案それぞれについて、「当該不祥事を起こした企業の商品サービスを購入したくない」(以下、「商品サービスを購入したくない」)、「当該不祥事を起こした企業では働きたくない」(以下、「働きたくない」)をはじめとする9つの設問に回答してもらいました(「全く思わない」から「強く思う」までの5段階尺度)。その結果、不祥事の内容によって「商品サービスを購入したくない」、「働きたくない」などの回答にばらつきがみられ、不祥事の内容によって生活者の認識が大きく異なることがわかりました。
図1は、上記の「商品サービスを購入したくない」の同意率(「思う」+「強く思う」の回答割合)と「働きたくない」の同意率を2軸として、15種類の不祥事を散布図上にプロットしたものです。横軸は「企業の商品サービスを購入したくない」の同意率、縦軸は「働きたくない」の同意率です。図1を見ると縦軸も横軸も不祥事の内容によってばらつきがみられます。商品サービスを購入したくない、働きたくない、の同意率が高まることは企業経営に悪い影響を与えますが、今回の結果から、それらの影響が不祥事の内容によって大きく異なることがわかりました。
また、本調査では同様の不祥事でもその発生原因により生活者の認識が大きく異なることもわかりました。図2は、大規模な情報漏洩を起こした企業に対する生活者の認識をレーダーチャートで表現したものですが、赤字は「社内の管理ミスによる情報漏洩」に対する各設問の同意率で、黒字は「外部からのサイバー攻撃による情報漏洩」に対する各設問の同意率です。これを見ても、同じ情報漏洩という不祥事でもその発生原因により情報漏洩を起こした企業に対する生活者の認識は大きく異なることがわかります。
(赤線は内部要因、黒線は外部要因)
自社の脆弱性の事前把握が重要
今回は「日本の上場会社において発生した不祥事」ということで調査を行いましたが、実際には、業種によっても異なる結果が想定され、加えて、企業それぞれのこれまでの歴史的経緯によっても結果は異なる可能性があります。たとえば、過去に類似の不祥事が何度も明るみに出ている企業に対しては生活者の目はより厳しくなり、中期的な悪影響が大きくなる可能性があります。また、実際には不祥事発覚後の企業の対応が生活者意識に大きな影響を及ぼします。ゆえに、本調査のような不祥事の内容に関する生活者意識だけでその後の悪影響を予測できるわけではありません。
しかしながら、本調査の結果だけを見ても、不祥事に対する生活者の意識にはばらつきがあり、その中には企業経営に深刻な悪影響を及ぼす不祥事があることが明らかになりました。生活者の視点で考えた場合、その影響が業種や個社によっても異なる可能性があることから、自社がどのような不祥事に脆弱なのかということを予め察知し、脆弱性が高いものから、それら不祥事を起こさないようにするための対策を検討・実行することは、企業経営のリスク低減という観点から非常に重要になるでしょう。
また、不祥事が明るみになることで商品サービスを購入したくない、働きたくない、といった意識が強まることになりますが、これら意識を回復することは短期間では困難であり、相応の時間を要することが考えられます。ゆえに、クライシス・コミュニケーションを一過性のものと捉えるのではなく中期的な視点で設計する必要が出てきます。
不祥事に関する生活者意識はこれまで示されることはありませんでしたが、これら意識を詳細に把握することで、企業経営のリスク低減に寄与するものと思われます。本コラムは本調査の結果の一部を紹介しましたが、本調査の結果にご関心ある方は(uzuken@ozma.co.jp)までご連絡ください(個人の方、または同業他社に該当する企業に属する方はご遠慮ください)。
株式会社オズマピーアール 上席執行役員 兼 社会潮流研究所 主席研究員
古橋 正成
- Coombs, W. T. (2007). Protecting Organization Reputations during a Crisis: The Development and Application of Situational Crisis Communication Theory. Corporate Reputation review, 10(3), 163-176.
- Coombs, W. T. (2015). The value of communication during a crisis: Insights from strategic communication research. Business horizons, 58(2), 141-148.
- Gadgil, S., & Sockin, J. (2020). Caught in the Act: How Corporate Scandals Hurt Employees. SSRN Electronic Journal.
- 公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会ホームページ PR用語ミニ辞典「クライシス・コミュニケーション」
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