PAリレー対談~ルール形成の現場から(7)政治家と民間が共に取り組む変革とは【前編】福田峰之さん(多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授/株式会社H2&DX社会研究所代表)
オズマピーアールは2020年6月より、多摩大学ルール形成戦略研究所と業務提携し、ルール形成市場のさらなる拡大と深化に向けて活動を進めています。社会構造の変容が急激に進み、それに伴うルール形成があらゆる分野で課題となっている今、新たな市場を作るためのパブリックアフェアーズへの関心はますます高まっています。
第7回は、多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授、および株式会社H2&DX社会研究所代表を務める福田峰之さんをお迎えしました。横浜市議会議員から衆議院議員に転身し、内閣府大臣補佐官、内閣府副大臣を務めてさまざまなルール形成に携わってきた福田さんに、ご自身の信念もうかがいながら、民間企業がルール形成に関わる際の心構えなどについてお話しいただきました。
聞き手:井上優介(オズマピーアール パブリック・アフェアーズチーム)
「ルールを作る側に回らない限り社会は変えられない」
高校での体験が政治家を志すきっかけに
井上優介(以下、井上):そもそも、福田さんが政治家を志したきっかけは何だったのでしょうか。
福田峰之氏(以下、福田):政治家というか、最初に世の中のルールというものに関心を持ったのは高校1年生の時です。入学した高校の校則には「外套は黒または紺の高校生らしいものとする」とありました。だけど私は、当時、父親からもらったベージュのステンカラーコートを着ていたんですよ。「校則違反だ、脱げ、紺か黒のものを買え」と怒られるわけですが、どこが高校生らしくないのかわからないし、県立高校で家庭の経済事情もさまざまな中、親父からもらったコートを着るな、新しく買えとはどういうことなんだ!?と。私は脱ぎませんでした。
すると教師から「そんなに気に入らないなら校則を変えればいいじゃないか」と言われ、生徒会を通じて、校則改定を提案したんです。そうしたら今度は「いや、校則というのは教職員が決めるものであって、お前たちが決めるものじゃないんだ」と突き返されました。
話が違うじゃないかと思いましたが、そう言われてしまったらどうしようもありません。その時に痛感したのは、ルールを変えるのは大変だということ、ルールを変える側に回らない限りは話にならないんだ、ということでした。そしてこれは社会も同じだと思ったのです。では、社会のルールを作る人、変える人とは誰だろう?それは政治家だろう、と。それで政治の世界に入ろうと考えるようになりました。
なお、ベージュのコートは3年間、ずっと揉めながら着続けました。もし、父親に黒や紺のコートをもらっていたらこんなことを考えることもなく、政治家になることもなかったでしょうね(笑)。
井上:ルール形成とは何か、という要素が詰まったエピソードですね。高校生の頃から政治家になろうと決めていたのですか。
福田:まあ、高校生ですからよくわかっていないし、政治家になろうと明確に決めていたわけではありません。まずは政治の世界を見たい、ルールを作る側というのはどういうものなのか見てみたいという気持ちでした。それで大学生の頃から、参議院議員の候補予定者のもとで秘書見習いを2年間務めました。といっても、やはり関わっているうちにやりたくなってくるわけで、大学卒業後は、将来横浜市会議員になることを目指し、自分が住んでいる地区の衆議院議員の秘書として就職しました。でも、実は、初日から他の事務所に出向させられ、片道切符で、戻ることが出来なかったのです。
井上:その後、横浜市会議員になり、さらには衆議院議員にと、地方から国政へ舞台を移した背景には、何か課題意識をお持ちだったのでしょうか。
福田:市会議員になった時点では、絶対にその先、衆議院議員になりたい、と考えていたわけではありませんでした。市会でも充実して仕事ができていましたし。その中で問題意識を抱いたきっかけの一つとして、横浜市特有の課題が挙げられます。
横浜市は俗に「港横浜、陸の横浜」と言われますが、みなとみらいをはじめとするベイエリア、つまり「港横浜」の開発のほうに予算が集中しているんです。私は「陸の横浜」である横浜市青葉区に住んでいて、納得できない思いもありました。なぜそうなっているのかと経緯を追ってみると、昭和21年に制定された「横浜国際港都建設法」に端を発していることがわかりました。横浜港を世界に名だたる港湾にするために、国も地方も協力して国際港都を作りましょうという法律です。国が定めた法律ですから、横浜市でこれを覆すことはできないんです。戦後すぐにできた法律で、今や事情も違うはずなのに変えられない現実を知って、それで国政に関心が向き始めたという経緯です。
井上:地元の課題を解決するにも、国のルールを変えないと解決できないものがあると。その壁を超えるために国のルール形成に携わる立場に進んだのですね。
ITの発展による社会の大きな変化に合わせて
旧来のルールを変革していった
井上:ここからは衆議院議員になってからのお話をもう少しうかがいます。内閣府大臣補佐官、内閣府副大臣、を務めてきて、さまざまな政策の実務に関わってこられました。どんな志をもってルール形成に携わってこられたのでしょうか?
福田:携わってきた政策は主なところでいえば、マイナンバー制度、選挙制度、知的財産、水素エネルギーなどです。選挙制度に関しては、インターネットで選挙運動をできるようにするように法改正をし、また選挙権年齢の18歳引き下げにも携わりました。また知的財産に関しては、紙やテレビ・ラジオ放送の時代からIT時代になって知的財産のありかたが変わったことから時代に合わせた法整備を考え直すことになりました。いろいろな政策に関わってきましたが、水素エネルギーは少し方向性が異なりますが、あとはマイナンバー制度含めて、IT、DXを入口にした政策というところで一貫しています。
井上:一貫してIT起点でルール形成に関わってきた背景には、どんな思いがあったのでしょう。
福田:インターネットの普及に伴って社会は大きく変わりました。旧来の社会のもとで作った時代錯誤の制度があると、国民生活の利便性を下げ、経済効率にも悪影響を及ぼします。時代に合わせてルールを変えていくことが、社会にとって非常に重要となるタイミングだったんです。
井上:大きなビジョンを描いた上で、各政策を考えていらっしゃるんですね。私が福田さんに出会ったのは議員を辞められたあとでしたが、お話ししていると常にまず、未来はこうあるべきだというビジョンを提示した上で実行に丁寧に移していく、提示型のアプローチをされる方だと感じます。
ルールを作る手前の民間の活動が
政治家とつながることでより有意義なルール形成が実現する
井上:高校生の頃の体験から、「ルールを作る側になる」という志を持ち、実際に国会議員になって国のルール形成に携わってきた福田さんですが、現在に続く活動として、企業や団体など民間とともにルール形成をしていくことにも精力的に取り組んでおられます。議員時代には、自民党議員有志で「ルール形成戦略議員連盟」の立ち上げもされていますね。
「ルールを作る側にならないと話にならない」と学生の頃から、また市政から国政へと活動の場を移す際にも感じられていたとうかがいました。その後、ルール形成に民間が参加していくことの重要性を意識するようになったのは、どのような背景があるのでしょうか。
福田:ここで言う「ルール形成」は、法律を作ることそのものではなく、作ることに向けた活動のプロセスを含めた一つの方法論だと捉えてください。国の法律を決めるのは最終的には国会議員の仕事です。しかし、決める前の段階のことは国会議員だけではできないわけです。つまり社会的な課題を設定し、市場や業界の動向も鑑みつつ、産業も動かして、解決策となる法律を決め、政策を実現していくための活動ですね。これは、企業や団体、あるいは個人など民間の協働なしではなしえません。
この「手前」のところは、本来は国会議員が介入するテリトリーではないわけです。しかし民間に対して、ルールを作る側へのアプローチの道筋は示しておくことは大切です。議員も手前側の社会や産業のことを全部掌握できているわけではないですから、民間とつながっていることは重要です。私も国会議員として法律を作っていく経験の中で、うまくつながっていないなという思いがあったからこそ、自分自身でつなぐ役割を担う必要があると考えるようになりました。
井上:なるほど、ルール形成の中で、ルールを実際に決める側、ルールを作るための機運を作ることを含めて活動する側と、それぞれが役割を担っているということですね。
そういった役割分担も踏まえてうかがいたいのですが、議員の方々がルール作りの意思決定をする際には、どのように情報収集しているのでしょうか。民間から提言される社会課題もさまざまなものがあると思いますし、参加している議連で提示されるものもあるでしょうし、もちろん報道なども見てらっしゃると思いますが。
福田:政策課題を設定するきっかけはいろいろあります。誰かに言われているわけではないけれどやらなくてはいけないことだと考えることもありますし、企業や団体から提示されることももちろんあります。手段も、メール、面談とさまざまです。そして着目した課題に対しては、ヒアリング、視察も含めて調査は徹底的に行います。業界団体が言っていることは本当にそうなのか、自分自身が思ったことは課題感として本当に正しいのか。ありとあらゆる手を使って調べ上げ、その結果、やる意味があると判断できたものだけ、実行のリストに載っていきます。頼まれたからそのままやる、ということは、私はないです。
井上:多種多様な企業や団体から多くの声が集まってくることと思います。その中から、優先度高く取り組むべき新しい課題を見つけ出すのは非常に難易度の高いことなのではないかと思うのですが、福田さんはどういう判断基準をお持ちなのでしょうか。
福田:政治家が動く最も重要な動機は、いかに社会が良くなるか、というのが大前提です。それを踏まえてもたくさんの課題が山積する中、どれに取り組むか。私が思うに、とことん調査し尽くした後は、もう感性の世界ですよね。その感性は、どれだけ多くの人と会って話を聞いてきたか、本を読み、世の中を見てきたかという、それまでのインプットのトータルの力だと思います。
特に、私が取り組んできたことは世界で見ても事例がないことばかりでした。もちろん事前にヒアリングもするしエビデンスも確認しますが、そもそもエビデンスがないわけで。たとえば仮想通貨(暗号資産)取引所のガイドラインを作る際、取引所のルールは世界中どこを探してもないわけで、参考になるものなどありませんでした。そうなると、最後は感性に基づいて世界を描くしかないですよね。
現実的な課題の対処については省庁など執行機会が行えば良いですが、まったくわからない未来の絵を描くことこそ、ルールを作る人間がやるべきことなのだと考えています。最近ではビジネスでもアートが重要だと言われるようになってきましたが、理屈だけではない感性の部分は、社会を作っていくためにも必要なものだと思います。
井上:とても興味深いです。福田さんは大学の講義でよくEBPM (Evidence Based Policy Making 証拠に基づく政策立案)の重要性についてよく言及されていますが、EBPMが及ばない領域もあるということですね。
福田:もちろん、感性に至る前の段階までは絶対にEBPMは必要です。ただ、現代社会は今までの経験では測れないものが出てきている。だから測れるものは徹底的にデータを取って判断をして、これ以上は取れないという限界を超えたところで、感性が発揮されるということです。
福田峰之
元衆議院議員、元内閣府副大臣、元内閣府大臣補佐官
1964年生まれ。立教大学社会学部卒業。1999年横浜市会議員(2期)、2005年衆議院議員(3期)。2015年内閣府大臣補佐官(税と社会保障・マイナンバー制度担当)、2017年内閣府副大臣(IT・サイバーセキュリティ・科学技術・知財等担当)。
衆議院議員時代は、IT&デジタル、水素エネルギー、再生可能エネルギー、ルール形成戦略、知的財産、選挙制度等の実務責任者を務めた。また、インターネット選挙運動解禁の改正公職選挙法、サイバーセキュリティ基本法、官民データ活用推進基本法等の議員立法の策定に尽力する。
大学時代は、恩師である野田一夫教授(多摩大学名誉学長・全国経営者団体連合会会長)の下、ニュービジネスの育成について学び、現在では数多くのベンチャー企業のアドバイザーも務めている。
CRSでは、院生に講義を行うと共に、「サスティナブルエネルギー研究会」、「細胞農業研究会」等の社会課題解決に向けた研究会を設立・運営している。
2021年9月、当研究所の水素利活用に関する研究会からスピンアウトしたベンチャー企業「株式会社H2&DX社会研究所」を設立した。
【主要著書】
『元IT副大臣のセカンドスクール』(BCCKS)
『世界市場で勝つルールメイキング戦略~技術で勝る日本企業がなぜ負けるのか』(共著/朝日新聞出版)
『水素たちよ、電気になーぁれ!』(アートデイズ社)
『俺たち「デジタル族」議員』(kindle)
井上優介
パブリック・アフェアーズチーム
国際NGOにて、アドボカシー活動のプロボノ経験あり。メディアの編集委員・編集長クラスに加え、NGPOといったソーシャルセクターや政治家・官僚といったポリシーセクターに広くネットワークを持ち、パブリックアフェアーズ、アドボカシーが専門分野。社会課題と企業・団体の課題を掛け合わせた「ルール形成戦略」キャンペーンの立案・実施を得意とする。 観光、製薬、ITなど幅広い分野の公共政策キャンペーンでプロジェクトリーダーを務める。
◇ 多摩大学ルール形成戦略研究所客員研究員
◇ 経済安全保障コーディネーター
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