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専門家インタビュー 竹林正樹博士 ナッジ理論専門家/青森県立保健大学 OZMA Nudge Social Design Unitで創っていくナッジの未来像 〜「OZMA Nudge Social Design Unit」におけるナッジ×PRの可能性(後編)

オズマピーアールでは2021年12月、行動経済学・ナッジ理論の専門家である竹林正樹博士をアドバイザーに迎え、ナッジの専門知識を活用した情報発信支援やオリジナルのナッジ研修メニューを提供する専門チーム「OZMA Nudge Social Design Unit」を始動しました。当活動は当社が一昨年立ち上げた、社員自らが考えビジネスシーズを発掘し、事業化に向けて調査・研究・開発を手がける組織『社会潮流研究所(通称「ウズ研」)』で採択されたプロジェクトです。

竹林先生にナッジ理論とPRの可能性についてうかがった前編に続き、後編では「OZMA Nudge Social Design Unit」の発起人でもあるオズマピーアール・藤本を加え、プロジェクトが目指す方向とナッジの未来についてクロストークを行いました。

-聞き手:蜷川昭文(ピーアールコンビナート株式会社 代表取締役)

■高い倫理観をもって、客観性・再現性のあるナッジ×PRを実践する

蜷川昭文(以下、蜷川):後編では、「OZMA Nudge Social Design Unit」立ち上げを担当した藤本もまじえてお話をうかがっていきたいと思います。

藤本正太(以下、藤本):よろしくお願いします。私はオズマピーアール関西支社に所属しており、尼崎市の広報業務を支援しています。2019年に市の職員研修で竹林先生のナッジ研修があり、個人的な興味もあって参加させていただいたんです。それが竹林先生そしてナッジとの出会いでした。

研修では竹林先生の楽しく魅力的な語り口に引き込まれると同時に、ナッジ×PRに大きな可能性があることを確信。それで竹林先生に個別にコンタクトをとり、具体化についてご相談するようになりました。その一環としてオズマ社員向けナッジ研修も実施し、ひいては現在の「OZMA Nudge Social Design Unit」につながっています。

蜷川:藤本は「OZMA Nudge Social Design Unit」の発起人でもあります。プロジェクトの目的をもう少し聞かせてください。

藤本:世界的にナッジ戦略の実践が求められる中、多くの自治体や健保組合などの現場からは、情報発信ツールの制作やプロモーションなどの実践面にナッジをどう活かせばいいのかわからないという声も多く聞かれます。

「OZMA Nudge Social Design Unit」では、クイズゲームを活用し、ナッジを学び実践できる人材を育成するプログラムを開発しています。また、へルスケア・ウェルネス分野における広報実績が多い当社ならではの、ナッジを活用した情報開発・発信ソリューションを提供していきます。

蜷川:竹林先生が「OZMA Nudge Social Design Unit」に参画するにあたって実現しようと考えているのはどんなことでしょうか。

竹林正樹氏(以下、竹林):私がこのプロジェクトを通じて期待していることは3つあります。

まず一つ目は、「エビデンスに基づくPRの第一人者になること」です。

私は今まで、企画を提案しても、クライアントの思いや成功体験に押し返され、結果としてエンドユーザーを動かすことのできない広報になった経験があります。エビデンスに基づかないアイデアベースの議論は空中戦になりやすいです。ここでエビデンスを取り入れると、議論がクリアになります。エビデンスでは、面白さだけでなく、相手をきちんと動かすことができるのかという「客観性」と「再現性」が担保されます。

これに加えて、ナッジには高い「倫理性」が不可欠です。ナッジを私利私欲に使ってしまうと、ナッジの要件が満たされなくなります。ナッジをマーケティングに活用することに関しては手厳しい意見が出ることもままあります。しかし「OZMA Nudge Social Design Unit」では、私が責任をもって倫理性を担保します。

蜷川:確かにマーケティングにおいてナッジの知見を悪用している例も見受けられます。しかし、もともとPRパーソンは企業のルールではなく、社会の視点で物事を判断していく資質が求められます。だからこそPRにおいては、ナッジを正しく有効活用できると考えています。

竹林:おっしゃるとおりですね。ナッジを一言であらわすと、相手に対して明確な行動の矢印を示すことです。倫理性がなければ、その矢印は、相手に不利益をもたらす可能性もあります。「OZMA Nudge Social Design Unit」では、マーケティングにナッジを活用するのは悪だという論調に対して、倫理性を確保することでナッジとPRの両立は可能であることをぜひ体現していただきたいと考えています。そのために私も全力を尽くします。

藤本:ナッジのことを勉強しているうちに知ったのですが、ナッジを悪用することを「スラッジ」と呼ぶのだそうです。「売らんかな」の姿勢で言葉巧みに売りつけるための営業テクニックなどがそれにあたります。

オズマピーアールは自治体やヘルスケアなど、高い倫理性が求められる領域でのPRに50年以上にわたって取り組み続けてきました。そんな当社だからこそ、ナッジを扱えるという自負もあります。逆に中途半端なことをして、ナッジをマーケティングに悪用していると言われるようなことは絶対にないようにしなくてはと、気を引き締めてプロジェクトにあたっています。

竹林:幸い私も公衆衛生という、非常に高い倫理観を求められる分野におります。この知見をぜひ生かして貢献していきたいと考えています。マーケティングは総合格闘技です。多様な手法が混在する中、倫理観のないものも参入しやすい面もあります。オズマピーアールと私が協業するからには、互いの引き出しの中でしっかりと倫理観が通底する戦略を実践していけると考えています。

二つ目は「ナッジを体現した存在であること」です。もし「OZMA Nudge Social Design Unit」自体が、手続きが煩雑であったり、魅力に欠けているメンバーであったりすると、相手に一貫性がないという印象を与え、どんなにナッジを推奨しても説得力がなくなります。

われわれは常に笑顔であり、相手に対してシンプルに提案できること。そして提案していることとやっていることが一致していること。皆に愛され、そしてベストタイミングを逃さない存在であることを切に望んでいますし、私も自らを律していきます。

そして三つ目は、「ナッジ普及において実践と学術、教育の面から貢献すること」です。

蜷川:ナッジは欧米発の行動経済学ですが、欧米諸国と日本人の気質の違いなどはフレームワークに影響するのでしょうか。

竹林:実は、日本人に対するバイアスの研究があまり進んでないというのが、問題としてあります。2010年にイギリス政府内でナッジ・ユニットができたのを皮切りに、先進諸国では次々とナッジ・ユニットができましたが、日本政府は2017年と、遅れてナッジ・ユニットができました。

私も国際ジャーナルに少しずつ投稿していますが、日本での研究の蓄積は本当に少ないです。「このナッジは欧米では効果があったので、きっと日本でも同様の効果があるだろう」という仮説の下で進めているのが実態です。オズマピーアールとの協業により、実践を通じて効果検証まで行い、さらにそのプロセスを発信していくことで、日本のナッジが大きく前進すると信じています。

■誰もがナッジを知っていて、良いナッジに素直に従い行動できる未来を

蜷川:ナッジ×PRが普及することで、社会はどのように変わり、どう豊かになっていくのか、未来像はどのように考えていますか。

藤本:個人的な所感としては、私は30代に竹林先生とナッジに出会ったわけですが、もっと若いとき——10代、もっと言えば小学生くらいから出会っていたら、人生変わったんじゃないかとまで思っています。

論理的思考については学校の授業で学ぶこともありますが、感情的思考や認知バイアスのことは初めて知ったので。「人は理屈よりも感情で動く」という点を考えると、もっと早くから知っておけばと思うところは大きいです。小学生くらいからナッジ教育を取り入れると良いのではないでしょうか。

竹林:素晴らしい考えです。目標にしたいのは、生活者みんながナッジを知っていることですね。PRする側もナッジを使い、生活者もわかったうえでナッジに従うというのが、最も望ましい形です。

その対極を考えてみます。PRする側だけがナッジを知っていて、受け取る側の生活者がナッジを知らなければ、たとえその先があまり好ましくないものであったとしても、発信する側の都合のいい方向にどうにでも振り回されてしまいます。

生活者がみんなナッジを知っていれば、発信する側がナッジを使っていることがわかりますし、良いナッジには素直に従い、悪いナッジだと思ったらそこで行動をやめることができます。お互いが納得のうえで、良いコミュニケーションができるというのが最も望ましい形です。

さらに言えば、生活者がナッジを知ることで、相手がナッジを使っていないと、「この会社はコンテンツは良いかもしれないけどナッジを使っていないんだな」とちょっと残念に思いますし、コンテンツも良く、ナッジも使っていると、その会社への評価も高まり、選ばれる会社になります。

藤本:PRの領域でも、ステルスマーケティングなど誠意に欠けた手法が問題になるなど、課題も抱えています。ナッジを見分ける目を生活者に持ってもらえるようナッジのPRも必要ですが、同時にあるべきPRについてもPRしていく必要がある。「OZMA Nudge Social Design Unit」ではその点もがんばっていきたいなと考えています。

蜷川:「OZMA Nudge Social Design Unit」ではナッジを活用した情報開発やソリューション提供に取り組んでいきますが、生活者へのナッジの啓発そのものも重要な使命です。

竹林:倫理観に基づいた情報開示という観点からも、ナッジ教育という観点からも、「OZMA Nudge Social Design Unit」では、企業のみならず生活者の皆さんにもナッジのリテラシーが高まるような活動をしていくべきですね。そうやって手の内を明かしたうえで、ナッジを使っていく。これがわれわれの誠意であると考えます。

■日本のナッジの普及・発展はまだまだこれから

蜷川:これまでお話をうかがってきましたが、日本におけるナッジの研究や実践は、まだまだこれから発展の余地がありますね。

竹林:ナッジは新しく出てきた学問ですので、どう育っていくのはわれわれの手に委ねられています。

特に日本のナッジは知見の積み上げが不足しています。しかし2019年の健康寿命延伸プランでは、2022年度末までに、ナッジを使って自然に健康づくりができる企業・団体を7,000にするという目標を掲げています。あと1年ちょっとです。

ナッジを取り入れる企業が増えてきていますが、正直なところ、拙速すぎて未熟な事例もあります。

私たちは、きちんとしたナッジを楽しく伝えていきたい。それもエビデンスベーストできちんと検証しながら、草の根的にチャレンジしていきたいと考えております。

蜷川:ターゲットを絞り込み、エッジを利かせたナッジで行動変容を促しながら、大きなボリュームにリーチするPRで情報ギャップを埋めていくといった展開も可能ですね。「OZMA Nudge Social Design Unit」でさまざまなチャレンジをしていくことでエビデンスを積み上げ、学術的にナッジ研究に貢献していくとともに、個人のより良い生活のためにもナッジを活用、啓発していきたいと考えています。

ナッジの専門知識を活用した情報発信支援やオリジナルのナッジ研修メニューを提供する専門チーム
「OZMA Nudge Social Design Unit」

竹林 正樹(たけばやし まさき)

青森県立保健大学 公衆衛生研究室
青森県出身。青森県立保健大学公衆衛生研究室、(株)キャンサースキャン、横浜市行動デザインチーム所属。ナッジの魅力を穏やかな津軽弁で語りかける講演は全国で好評で、学会発表では立ち見が出ることも。2020年開催のTEDxGlobisU出演。最近はYouTubeやnoteなど、オンライン発信に力を入れている。代表作は「DVD 実践者のナッジ」(東京法規出版)

藤本 正太(ふじもと しょうた)

大手印刷会社にてマーケティング業務に従事後、2013年オズマピーアール入社、関西支社にてPR業務に携わる。博報堂への常駐も3年間経験。これまで関西を代表するテーマパークや大手製薬会社、交通インフラ企業などのPRを担当し、現在は企業のコーポレートPR領域や自治体広報に強みを活かす。
行動経済学ナッジを活用した社内専門チーム「オズマ・ナッジ・ソーシャル・デザイン・ユニット」ではチームリーダーを務める。

【専門】PRSJ認定PRプランナー/企業危機管理士
【受賞歴】尼崎市/ACC2021マーケティング・エフェクティブネス部門「ブロンズ」、PRアワードグランプリ2021「ブロンズ」、シティプロモーションアワード金賞

社会潮流研究所 主任研究員
蜷川 昭文

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