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社会潮流への洞察:日本における各社会問題の現在地について

1.日本における社会問題意識のマッピング

ここ数年で、新型コロナウィルス感染拡大やロシアによるウクライナ侵攻等、日本を取り巻く状況が大きく変化し、その状況の変化に合わせて解決すべき社会問題に対する人々の認識も変化しております。一口に「社会問題」と言っても、個別にはさまざまな問題が挙げられます。「問題」とは「理想と現実のギャップ」から生まれますが、例えば、働き方の変化等生活者にとって身近なミクロ的問題もあれば、安全保障といった社会全体に影響を及ぼすマクロ的問題もあります。

また、実際にはいまだ深刻な被害が続いているにもかかわらず世の中的にすでに終わったものとして認識されている問題もあれば、それとは逆に、すでに実際には収まっているにもかかわらず世の中的には強い問題意識を持たれている場合もあります。

変化が激しい昨今の状況下において、今の日本の人々は自分たちの社会問題をどのように認識しているのでしょうか。2021年3月に科学技術振興機構社会技術研究開発センター(RISTEX)が社会問題キーワードに関する意識調査[1]を実施しましたが、その調査結果のデータの一部に基づき、今の日本社会の人々の社会問題意識をマッピングしてみました(図1、[拡大版]図2)。

図1:社会問題キーワードマッピング
        (各社会問題の回答数を軸毎に標準化(平均:0、分散:1)した数値)
出典:科学技術振興機構 社会技術研究開発センター(RISTEX))
          [1]のデータに基づき筆者が加工・グラフ化

図2:図1の拡大図(両軸共に-2.0から2.0の領域を拡大)

今回引用させていただいたデータは、109の社会問題を対象として①「あなたにとって「身近で重要」」、②「あなた自身に直接関係するかどうかに関わらず「日本社会にとって重要」」それぞれに該当する問題をすべて選んでください(複数回答)、という質問において選択された回数です[1]。その回数を社会問題ごとに集計し、平均が0、分散が1となる形で標準化したものです。①を横軸に、②を縦軸に置き、各社会問題をプロットしたものが図1の散布図になります(※値がマイナスになっているものも多くありますが、これは「重要でない」という回答結果を示すものではなく、今回対象の社会問題群の中で回答数が平均より少なかったということになります)。

図1の散布図の各象限のどこにプロットされるかによってその社会問題の認識のされ方が明確になります。今回は、この散布図上で象限ごとに4つのグループに分けてそれぞれの傾向を考察していきますが、その前提としてまずは2つの軸が持つ意味合いを整理したいと思います。

「あなたにとって身近で重要」という軸(①)(以下「身近軸」)についてですが、身近ということは、回答者がその社会問題に関して直接的に何らかの経験がある、周囲の方々が経験している、もしくはマスメディアやSNS等で自分や周囲に起こり得るということを何度も見聞きすることで、これは自分や周囲にも起こり得ると人々が認識している問題であるといえます。つまり、かかる問題は自らの利害に直接影響を与える可能性が比較的高いものと認識されている問題であるということになります。

続いて「日本社会にとって重要」という軸(②)(以下「社会軸」)を考えた場合、社会にとって重要ということは、特定の個人/集団ではなく、日本社会に属する広範な人々に影響を及ぼす問題であると捉えることができます。上記を踏まえて、象限ごとの社会問題を見てまいります。

まず、右上の象限Aに該当する社会問題を見ると、「感染症(新型コロナウィルスなど)」、「高齢化」、「地球温暖化」、「少子化」、「連続する台風/豪雨」等が挙げられています。この象限に位置する社会問題は、他の問題群との比較上、身近軸ならびに社会軸共に高い問題意識を持たれている社会問題です。ゆえに、自らの利害に直接影響を与える可能性が高く、かつ、日本社会の広範な人々に影響を及ぼしている問題であると認識されていると言えるでしょう。

図1の右下の象限Bに該当する問題は、「がん」や「ストレス」、「生活習慣病」、「メンタルヘルス」等心身の病に関する社会問題が主に挙げられており、社会軸は低く、身近軸が高くなっています。この象限Bは、自らの利害に直接影響を与える可能性が高いが、それが日本社会の広範な人々に影響を及ぼす問題としてはさほど認識されていない問題群となります。

図1の左下の象限Cにはさまざまな分野の問題が多くプロットされていますが、この象限は、身近軸も社会軸も平均よりも少ない回答数となっている問題群です。これらは、日本社会/日本人にとってなじみの薄い問題(「海賊」「EU離脱」等)、すでに解決している/されつつあると感じられる問題(「慰安婦問題」「女性登用の遅れ」「幼保教育の経済的負担」等)、または日常生活とは距離のある専門的な問題(「マネーロンダリング」「事業承継対策」「危険物の海上輸送」等)といった社会問題が該当しているものと思われます。

図1の左上の象限Dに該当する問題としては、「放射性物質/使用済燃料」、「安全保障問題」、「エネルギー安定供給」、「領土主権問題」、「待機児童問題」、「津波」等が挙げられており、身近軸は相対的に低く、社会軸は高くなっています。つまり、自らの利害に直接影響を与える可能性は低いが日本社会の広範な人々に影響を与える問題として捉えられているということになります。

2.社会問題認識の流動性

図1の散布図では①と②それぞれの軸に基づいて各社会問題がプロットされていますが、これらは調査時点における人々の認識上の社会問題マッピングです。RISTEX[1]で詳細な時系列分析をされていますが、状況が変化することによってそれぞれの社会問題の位置づけは変化いたします。したがって、これら社会問題に対する認識は、その問題の特性だけではなくさまざまな要因の影響も受けながら形成されるという非常に流動的なものであるということが言えます。

その要因として考えられるのは、影響規模(深さと広さ)への認識変化、外部環境への認識変化、新たな気づき/価値観の変化等になります。影響規模(深さと広さ)への認識変化というのは、その社会問題が社会や個人に与える影響がより大きく(小さく)なり、かつ広範に(狭く)なるという認識に塗り替えられるということです。

例えば、RISTEX[1]によると、新型コロナウィルスの世界的流行が起こったことで2020年1月調査から2020年6月調査にかけて「感染症(コロナウィルスなど)」への認識は急激に変化していることがわかります。それとは反対に、政府がしかるべき対応をしたことで、その問題の影響が顕在化しなくなり、影響規模が深さ広さ共に縮小していくと認識されている社会問題もあるでしょう。

外部環境の認識変化については、現在のロシアによるウクライナ侵攻が該当例になりますが、ロシアへの制裁に日本が加わることで日本のエネルギー輸入構造が変化する可能性が出たことで、日本のエネルギー安定供給という社会問題が徐々にクローズアップされつつあります。このような外部環境の変化によりこれまで注目されていなかった問題をより問題視する認識が高まる可能性があります。

新たな気づき/価値観の変化とは、以前は問題視されていなかったことが、何らかの事件事故をきっかけとして社会問題意識が高まったもの、また、日本社会における人々の価値観の変化により問題視されるようになった(逆に以前は問題視されていたものが問題視されなくなった)というものです。

以上見てきたように人々の社会問題に対する認識は流動的です。1年前に問題視されてなかった社会問題が人々の認識上で非常に重要とみなされている場合もあれば、その逆もまた然りです。さまざまな社会問題解決に取り組む組織・個人は、その問題解決を支持してくれる人をより多く増やしていくことが必要になりますが、その際には対象となる社会問題に対する認識が自分たちと一般の人々の間で乖離が生じていないかを常に意識することが重要となります。

3.社会問題に向き合う企業のコミュニケーションについて

社会的要請もあり、日本においてもSDGsに積極的に取り組む企業が急激に増えています。一方で、「SDGsウォッシュ」に代表されるように、表層的な取り組みしか行わない企業に対する批判圧力も高まっており、レピュテーションリスクが高まっている可能性があります。

表層的ではなく社会問題に真摯に向き合おうとする企業にとっては、前述の通り、その社会問題を問題として認識し、自分たちの取り組みに賛同する支持者を増やしていく必要があります。例えば、図1における「生物多様性の保全」の問題は、身近軸ならびに社会軸どちらも平均よりも低い象限Cに位置づけられています。「生物多様性の保全」は世界的に見ても非常に重要なテーマではありますが、日本国内では多くの社会問題と比べてさほど重要性の認識が高くありません。「生物多様性の保全」に取り組む企業は、この前提に立った上でコミュニケーションを考えていく必要があります。

一方で、「生物多様性の保全」につながる「海洋ごみ/プラスチック問題」は身近軸ならびに社会軸共に相対的に高い象限Aに位置づけられています。これは「海洋ごみ/プラスチック問題」が「生物多様性の保全」よりも具体的であり、視覚的に認識しやすく、マスメディアの報道も多いことが影響していると思います。この「生物多様性の保全」と「海洋ごみ/プラスチック問題」の違いにより洞察できることは、「生物多様性の保全」という身近ではなく人々が認識しにくい社会問題解決の活動の支持を集めていくためには、人々が身近に感じられるより具体的なアクションを示していくことが重要となるということです。

一般的に、社会軸が高い問題はその問題解決によって得られる個人的ベネフィットが、身近軸が高い問題はその問題解決によって得られる社会的ベネフィットが、それぞれ認識されにくいという特性があります。ゆえに、社会軸のみが高い社会問題は一般の人々に自分事化してもらう必要があり、身近軸のみが高い社会問題は社会全体におけるその問題の位置づけをより多くの人々に認知してもらう必要性が出てきます。

例えば、社会軸のみが高い社会問題は、その社会問題をより現実的な問題に分解する必要があります。エネルギー安定供給問題を例にとると、ロシアによるウクライナ侵攻によりエネルギーの輸入価格高騰によりさまざまな物価の高騰をもたらし、一部企業業績に悪影響をもたらしています。また、2022年3月の福島沖震源の地震発生に伴い政府が初めて「電力需給ひっ迫警報」を発令しましたが、大規模停電のリスクも抱えることになります。

このようにエネルギー安定供給問題が顕在化した場合、日本社会は多様なリスクを抱えることになりますが、そのような状態にあるということを平時より発信していくことが必要となります。また、それを身近な問題(業界ごとの経済的影響や生活における社会的影響)の枠組み(フレーミング)に基づいて発信していくことで、問題の重要性の理解は進む可能性があります。

また、身近軸のみが高い社会問題は、社会全体におけるその問題の重要性が認識されていない可能性があります。かかる問題のみの解決に終始した場合、限られたリソースの奪い合い(問題ごとのリソース獲得競争)に陥り、社会的関心を集めることができない可能性があります。こうなると日本全体にとって重要な社会問題であるにもかかわらず、その問題の利害関係者だけの問題(「利害関係者内問題」)として認識され、一般的には「自分には関係ない」という認識を持たれてしまう恐れがあります。ゆえに、日本社会にとってその問題はどのように位置づけられるのかといった大局的枠組みでその問題を意味付けていく必要があります。

各象限に共通して言えることは、社会問題解決のためには既存のやり方(慣習や仕組み、生活スタイル等)を変える必要があるということです。社会問題とは、現時点で顕在化している社会的な問題のことを意味しますが、これはそもそもこれまでのやり方を続けてきた結果として現時点で社会問題化していると捉えることができます。ゆえに、社会問題解決のためには、その既存のやり方自体を変えていくことが必要になります。そうなると現在のやり方(業界慣習や生活スタイル、仕組み等)に影響が及ぶ可能性が出てきて、中には反発や批判が発生することも考えられます。これまではその反発や批判を受けて、既存のやり方を変えるというよりは多方面にわたりさまざまな処方箋的対応(社会リソースの配分)が優先されてきました。ただ、その余裕がなくなりつつあるというのが現状ではないでしょうか。

日本の社会リソース(特に経済的リソース)が年々目減りしていく中で、多くの社会問題にまんべんなく社会リソースを配分することが困難になりつつあります。このような中で社会問題を解決するためには社会問題の過去現在将来を鑑みて「既存のやり方をどう変えていけるか」についての合理的議論が必要になります。そのような議論を起こしていくためには、社会問題の過去や将来を適切に把握すること、そして、その社会問題が今の日本の人々にどのように捉えられているかを適切に把握することが重要です。社会問題解決に取り組む企業においても、「ウォッシュ」と認識されないように、社会問題の現在地を把握した上で、今までのコミュニケーション戦略を変える必要性に迫られているかもしれません。

社会潮流研究所 主任研究員
古橋 正成

(出典元)
[1]科学技術振興機構 社会技術研究開発センター(RISTEX))「令和元年度に抽出した社会問題キーワードに対する令和2年度の意識変化調査」
https://www.jst.go.jp/ristex/internal_research/files/unit_covid19_awareness_2020.pdf(ウェブサイト閲覧日: 2022年5月20日)
 

※本コラムは引用データに関する解釈含めて執筆担当者の個人的見解であり、データ出典元ならびに
 株式会社オズマピーアールとしての見解を示すもの
ではありません。


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