事例

CASE STUDY

ギリギリまで研ぎ澄ました世界観で意識を変えていく。学生と協働で下水道の新しい“見え方”を創ったPR事例「東京地下ラボ」

2019.03.29

2018年度から3か年計画で始まった、東京都下水道局のプロジェクト「東京地下ラボ」。クライアントから提示されたPRテーマは「次世代を担う若者世代に、下水道事業を知ってもらう」でした。

東京都における20代の下水道事業に対する認知度*は、10%程度となっています。下水道事業に関心が高い世代は、くみ取り式トイレをどこかで体験したことがあるなど、下水道が整備されている快適さをかろうじて認知している世代です。20代より下の世代にとって下水道は、当たり前すぎて意識することすらないインフラのひとつとなっているのです。

将来にわたって都民の快適な生活を維持し、水環境の維持向上を図っていくには、次世代を担う若者世代の下水道事業への理解を促し、関心を高める活動を行っていくことが重要です。こうして、東京下水道の新たな可能性や魅力を発信する「東京地下ラボ」プロジェクトがスタートしました。

*平成27年度 東京都下水道局 広報公聴アンケート調査結果 より

初年度はターゲットをピンポイントに絞って、感度の高い若者に「下水道の魅力」を発見してもらう

3か年プロジェクトの第一歩として私たちが提案したのは、ターゲット層である大学生が、下水道の魅力を再発見するコンテンツを考え、「ZINE」と呼ばれる自主制作の少部数冊子を企画・制作する活動です。

狙いは、クライアントから一方的に情報発信するのではなく、若者自身に下水道を「再解釈」してもらい、彼らに伝わる「表現・手法」に加工してもらうことにありました。若者が下水道に対して抱いている「臭い、汚い、知らない」という古いイメージを、「すごい、面白い、楽しい」という新しいイメージに塗り替えるためには、若者の価値観を表層的でなく芯からとらえ、彼らが心から良いと思う世界観をていねいにつくりあげることが必要不可欠だと考えたのです。

学生たちが考えたことをカタチにする制作物を「ZINE」という紙冊子にしたのもそのためです。ZINEはミニシアターやカフェなど、感度の高い独自のカルチャーを好む若者が集まる場所に置かれ、紙の質感やデザイン性など「手に取ってわかる良さ」も含めて楽しむもの。SNS時代にあって、アナログかつ少部数発行のZINEに落とし込むことによって、旧弊なイメージのある下水道という存在を最先端カルチャーの舞台に引きあげる施策として選びました。

漠然と「若者全体」に届けようとせず、あえて「感度の高い少数の若者」に響く表現を追求。思わず人に話したくなるような質の高いものに仕立てていくことを、プロジェクト全体にわたって意識していきました。

ワークショップ、フィールドワーク、ZINEの制作を通じて若者目線で情報を再構築

このプロジェクトでは、大学生32名を4名ずつに分け、8つの企画・制作チームをつくりました。ターゲットであるZ世代(90年後半以降生まれ)の特徴として「デジタル・ネイティブ」「社会意識の高さ」「アートへの感受性」が挙げられます。彼らのこの価値観を大切にして、学生に呼びかけるにあたっても「テクノロジー」「ソーシャル」「アート」を意識したメディアでの募集を行いました。具体的には、ニュースリリースでの募集告知のほか、美大生メディア、社会活動への参加意識が高い人が集まるイベント情報メディアでも募集告知。また大学で下水道について専門的に学んでいる学生や、協力会社を通じて美大生にも直接声かけをしていき、「下水道」「テック」「ソーシャル」「アート」の要素がバランス良く含まれるチーム編成を行いました。

こうして集まった学生に対し、ZINEの企画・制作の道程として3つのイベントを組み込みました。

①ワークショップ―下水道の魅力を、編集の力で若い世代に届ける
雑誌『ケトル』編集長の嶋浩一郎氏が講師となり、斬新なアプローチ手法や効果的な発信等について講義。「下水道を学ぼう」という受け身ではなく、編集の力で下水道の魅力を若者が再発見するためのスキルを学びました。

②フィールドワーク―下水道のさまざまな役割を多角的な視点で知る
多様かつクリエイティブなアウトプットが出るように、インフラ、食、自然という多角的な視点から環境保全や下水道について考える機会を提供。南多摩水再生センターで最新の下水道施設を見学してから、実際に水が再生してキレイになった多摩川へ。水再生の象徴とされる、多摩川で獲れた鮎を天ぷらにして食べる体験をしました。また、自然解説活動を行うプロ・ナチュラリストの佐々木洋氏を招いて川辺の動植物について学びました。

③成果報告会
各チームが作ってきたZINEについて審査を行い、外部に効果的に発信するきっかけとなる場作りを行いました。審査員として、東京都下水道局、前述の嶋氏のほか、水と衛生に関する国際的な活動をしているNPO法人ウォーターエイドジャパンをアサイン。
ワークショップと成果報告会の様子は、カルチャーニュースサイトとタイアップして記事化しました。

 

2018年11月にワークショップ、12月にフィールドワークを実施した後、2019年2月の成果報告会までの約3ヶ月が、参加した学生たちにとっては最も濃度の高い活動期間だったといえるでしょう。与えられた枠はA3サイズ、予算3万円、100部印刷、のみ。あとはすべて自由な発想で、同世代に下水道の魅力を啓発するZINEを作るというゴールに向けて、学生たちは走り抜けました。

学生たちのチームには、オズマピーアールおよびクリエイターマネジメント系の協力会社からスタッフがマネージャーとして併走しました。特にスタッフの一人である岡田悠佳は、自身が美大出身で制作活動やワークショップ運営などに携わってきた経験を活かし、学生たちと同じ目線を共有しながら、ゴールへと導いていきました。LINEを中心に、かしこまらず、学生に溶け込むコミュニケーションを心がける一方で、PRのプロとして、クリエイティブは深いところまで突き詰めることを勧めつつ、クライアントが盛り込みたい情報もきちんと反映されるよう調整。また「なぜ、ストレートに下水道の情報を伝えるだけではいけないのか?」と疑問を呈する学生とは4時間にわたって情報を編集する意義を議論したり、作業に熱中した学生から朝方に送られてくるLINEのメッセージにも真摯に対応したりと、学生たちにとことん向き合い続けたことで、彼らも力を出し切ってくれました。

ターゲットの意識とともに、クライアントのネガティブな自己意識を変える

そうして2019年2月、成果報告会で発表されたZINEは、東京都下水道局の皆さんや審査員の方々を驚かせました。プロジェクトの提案をした時には、テーマがかぶって、どれも同じようなものができてしまうのではないかという懸念もあったのですが、それを見事に裏切り、見た目もコンセプトもまったく違って、かつクオリティの高い8つの作品となったのです。

――8つの作品の紹介――

東京地下ラボ by東京都下水道局【若者向け東京下水道発信プロジェクト】
http://www.gesui.metro.tokyo.jp/business/kanko/chikalabo/index.html

グランプリ
『私と川と、サンドイッチ』
清流復活事業に着目し、東京下水道の働きによって復活した川と、その川に合うサンドイッチを紹介。一枚一枚手作業で、パンのカタチに切り抜いた。

メディア賞
『SEWER AND FASHION』
ヨーロッパにおける下水道が普及する前の不衛生な環境と、それに伴い誕生した衣服である「ハイヒール」、「フープスカート」、「ペストマスク」を歴史的背景とともに紹介。ペストマスクを購入し、歴史ある下水処理施設(重要文化財 旧三河島汚水処分場喞筒場施設)で撮影を行う徹底ぶり。

ソーシャル賞
『下水道のない世界』
下水道がないフィクションの都市を創造し、〝ない世界〟と〝ある世界〟を地図にして描くことで、下水道の社会貢献性や必要性を表現。「汚物飛ばしロケット」など、シリアスになりすぎずユニークな視点が光る。

『お金×下水道』
「下水道は私たちの生活に身近なように見えて、実は身近ではないのかもしれない」ということに着目。下水道に密接に関係する身近な行動と下水道料金を結びつけ、スーパーの折込チラシ風に表現した。

『流SAY』
「水に流す」という言葉の意味の二面性に着目。人間関係などのモヤモヤを「水に流す」ことと、下水道があってこそ成立する、汚れなどを物理的に「水で流す」ことを掛け合わせ、トイレに流せる紙に心のモヤモヤを書いて流してもらう仕掛けを作った。

『下水族館』
「水再生センターを見学した際に、微生物が下水の汚れを食べてきれいにしている仕組みを知ったことをきっかけに、微生物の多様さを表現。A3サイズという制約の中、紙を手作業で切り貼りして、手のひらサイズの小さな『下水族館』を完成させた。

『RAIN』
ゲリラ豪雨が多発する昨今、下水道が浸水防除の役割を担っている事実を過半数の若者が知らないことに着目。インフォグラフィックを多用し、視覚的に理解できる「浸水の防除」情報を目指した。

『Underground』
若者の関心事「日常を切り取り発信する」「写真で情報を伝達」「背伸びしない、等身大なロールモデル」の3つがこのZINEに備わっている。同年代のモデルに同行してもらい、水再生センターへ訪問取材するとともに、下水道に関するさまざまな情報を、カルチャー誌のテイストでまとめた。

 

それぞれのZINEについては、参加学生が発信する「東京地下ラボby東京都下水道局」noteで詳細をご覧いただけます。

東京都下水道局の方々の反応で印象的だったのは、学生たちが全力で考えて作り上げた8種類の個性豊かなZINEに対し、若者たちに本当に伝わるコンテンツができたという満足に加えて、「自分たちの事業がこんなにも魅力的に、かっこよく表現できるんだと嬉しくなりました。下水道局の魅力のポテンシャルや、発信するべき財産に改めて気づかされました」という言葉でした。
「臭い、汚い、知らない」から、「すごい、面白い、楽しい」へ――生活者がもつイメージを変えるだけでなく、東京都下水道局の職員の方々の意識がポジティブにシフトしたことが、このプロジェクトのもうひとつの成果だったのではないかと自負しています。

魂は細部に宿る。隙なくクオリティを保つことで成功した、若者に支持される世界観

オズマピーアールとして、今回のプロジェクトを進めるにあたって、絶対に妥協せずやり抜こうと決めていたのは、学生たちの価値観にとことん寄り添うこと、そして彼らの高い感性に応えるために、マネジメントする私たちのほうも、クオリティには細部にまで気を配ることでした。

たとえば記録写真ひとつとっても、ふだんよりも少し雰囲気のあるタッチで撮影。ワークショップで使用した名札やワークシートのデザインにも気を配り、成果報告会のケータリングは「東京地下ラボ」のロゴマークを模した配置をしてもらいました。

またクライアントが学生に対して伝えていく情報についても、若者に伝わりやすいように言い方を変えていただいたり、スライドに手を入れてデザイン性を高めたりする工夫もしています。ワークショップに参加する際にも、スーツにネクタイではなく、少しカジュアルな服装でいらっしゃるようお願いもしました。

これは単に「かっこいいものにしたい」という欲ではありません。若者の意識にのぼりにくい、地味なイメージのある下水道事業に対するイメージを塗り替えて新しい世界観を表現するためには、とことんまで若者たちと同じレベルの感度を保ち、価値観を共有する必要があったからです。もし私たちが少しでも気を抜いた対応をしていれば、しょせんは若者に寄り添っているフリだと、その“嘘”を見抜かれ、若者たちもここまで呼応して質の高いものをつくり出すことはできなかったのではないでしょうか。

グランプリをとった作品は今後増刷し、下水道局のイベントなどで広報ツールとして活用。デザイン系の大学やカルチャー系のカフェ等に設置する予定です。また、グランプリ以外のほかの7作品もいずれも素晴らしい作品だと評価をいただいており、新たに8作品をまとめた冊子の制作を受注することができました。ZINEを切り口にして、アート系フェス等への出展も予定しています。

初年度である2018年度は、狙い通りに、ターゲットを絞り込み、新しい視点での下水道の情報を創ることができました。今後は、さらにこの世界観を広く発信していく活動を行っていきます。従来注目が集まらなかった領域に光を当てる若者向けのコミュニケーションは、本活動で新天地を開くことができました。

 


 

東京都下水道局 総務部広報サービス課 広報担当 羽場 加奈 さん

下水道局では、若い世代の下水道への関心の低さを受け、さまざまなPRを行ってきましたが、「社会課題への感度の高い大学生」にピンポイントにターゲティングしたPRは初めての試みでした。そのため、ターゲットをダイレクトに巻き込んだ取組は効果的にちがいないと考えながらも、参加学生との関わり方や成果物のクオリティを担保することに不安を覚えながらスタートしたことをよく覚えています。しかし、オズマピーアールのスタッフの方々がそんな不安を次々と払拭していただき、参加学生からの好意的なフィードバックの数々や、素晴らしい成果物を得ることができました。
今後、東京地下ラボプロジェクト初年度の勢いをさらに加速させ、より一層若い世代の下水道への関心を高めていくために駆け抜けていきたいと思います。

 

株式会社オズマピーアール PRプラナー 岡田 悠佳

日常生活でなかなか注目されることが少ない「下水道」に対して、参加学生に関心を持ってもらえるよう、世界観を大切にしながら実施してきました。学生から得られた反応や成果物は新鮮なものばかりで、クライアントとしても新しい視点を持つことができたとの評価をいただけたことが、何よりも嬉しかったです。本プロジェクトは来年度も継続していくので、引き続き、型にとらわれず様々な形で推進していきたいと考えています。

 

株式会社オズマピーアール 及川 泰

私は入社一年目で本プロジェクトのメンバーになったため、学生に一番近い立場として、「参加者が本当に面白いと思うか」という視点を常に持つよう心がけています。アンケートや学生とのコミュニケーションの中で、プロジェクトのそういった点を評価する声が聞けたときは、一年目ながらとてもやりがいを感じます。今後は、参加学生だけでなく、同じ年代のより多くの人たちに「東京下水道」の役割や魅力を知ってもらえるよう、同世代ならではの視点をさらに活かし、実践していきたいです。

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