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専門家インタビュー 竹林正樹博士 ナッジ理論専門家/青森県立保健大学 相手が自発的に望ましい方向に動きたくなる「ナッジ」とは? 〜「OZMA Nudge Social Design Unit」におけるナッジ×PRの可能性(前編)

オズマピーアールでは2021年12月、行動経済学・ナッジ理論の専門家である竹林正樹博士をアドバイザーに迎え、ナッジの専門知識を活用した情報発信支援やオリジナルのナッジ研修メニューを提供する専門チーム「OZMA Nudge Social Design Unit」を始動しました。当活動は当社が一昨年立ち上げた、社員自らが考えビジネスシーズを発掘し、事業化に向けて調査・研究・開発を手がける組織『社会潮流研究所(通称「ウズ研」)』で採択されたプロジェクトです。

当コラムでは竹林博士をお迎えし、ナッジ理論の現在と、ナッジ×PRの可能性についてお話をうかがいました。

-聞き手:蜷川昭文(ピーアールコンビナート株式会社 代表取締役)

■望ましい方向に動くよう相手を後押しする「ナッジ」

蜷川昭文(以下、蜷川):近年、政府や企業から熱い関心を寄せられている「ナッジ」ですが、まずは「ナッジとは何か」をお聞かせいただけますか。

竹林正樹氏(以下、竹林):ナッジ(nudge)は英語で「そっと後押しする」という意味をもちます。

人を動かすには、4つの段階があります。「①情報提供」「②つい、そうしたくなるような環境の整備(ナッジ)」「③インセンティブ」「④強制」です。

一つ目の段階が情報提供です。正しい情報を伝えて、納得の上で動くようにする。普及啓発や教育がそれに当たります。その上で、ついそうしたくなるように環境を整える。これがナッジにあたります。それでも動かない人にはインセンティブ、つまりご褒美と罰を設定する。最終手段は強制です。

人の心理には法則性があり、これを「認知バイアス」と呼びます。プラスに作用する認知バイアスを味方につけ、マイナスに作用する認知バイアスにはブレーキをかけて、自発的に「ついそうしたくなる」ように行動を後押しするのがナッジです。

2017年にナッジ提唱者のリチャード・セイラー教授(シカゴ大学)がノーベル経済学賞を受賞したことも後押しとなり、一つの行動経済学の分野として注目されるようになりました。

竹林 正樹(たけばやし まさき)

青森県立保健大学 公衆衛生研究室
青森県出身。青森県立保健大学公衆衛生研究室、(株)キャンサースキャン、横浜市行動デザインチーム所属。
ナッジの魅力を穏やかな津軽弁で語りかける講演は全国で好評で、学会発表では立ち見が出ることも。
2020年開催のTEDxGlobisU出演。最近はYouTubeやnoteなど、オンライン発信に力を入れている。
代表作は「DVD 実践者のナッジ」(東京法規出版)。

蜷川:竹林先生がナッジ研究に取り組むようになったきっかけには、お祖母さまとのエピソードがあるそうですね。

竹林:はい、私が20代の頃のことです。祖母は重度の糖尿病でほとんど目が見えなくなっていたにもかかわらず、病院に行きたがりませんでした。私は頭ごなしに説得しようとして失敗。祖母がへそを曲げてしまって、ようやく病院に行ったときには手遅れでした。

この悲しい経験のあと、私は考えました。同じ悩みをもつ人は世界にはたくさんいて、それを解決する方法もきっとあるはずだと。そう信じて何年もかけて世界中の文献を検索した結果、大学院で「ナッジ」の書籍に出合いました。序章を読んだ瞬間「これは私の悩みを救ってくれる理論だ」と感じました。それ以来、私のすべての研究はナッジに関するものになったのです。

■ボトルネックとなる認知バイアスを解消して望ましい方向を示す

蜷川:20代の竹林青年がナッジ理論を知っていたら、お祖母さまにどんなアプローチをしたでしょうか。

竹林:祖母にはさまざまな認知バイアス的行動が見られました。病気をたいしたことじゃないと考える「楽観性バイアス」、今まで通り治療しなくても大丈夫と感じる「現状維持バイアス」、別に今、通院しなくてもよいと後回しにする「現在バイアス」、医師に「なんでここまで放っておいたの?」と言われるのを嫌がる「損失回避バイアス」などが、受診を阻害していたと考えられます。

これらの認知バイアスが強い人に対しては、正論で説得するのはあまり向いていません。

認知バイアスが強い人に対して話をするには、バイアスが弱まる時間帯を狙うべきです。それは朝一番。朝はもっとも理性が機能する時間帯であり、理性が働きマイナスの認知バイアスが弱まって、まっすぐに聞いてくれます。

蜷川:大事な話は午前中にしたほうがいいんですね。伝え方についてはどうですか。

竹林:「いつ行くかだけ決めよう」という形で、自分の口から言ってもらったほうがよかったです。これは、具体的な日時を決めると行動しやすくなる「実行意図ナッジ」、自分で口にすると守りたくなる「コミットメントナッジ」という心理特性に沿ったアプローチです。

祖母も根っから病院に行きたくないわけではなく、話すタイミングが悪かったり、孫に指示されるのが嫌だったりという理由があって拒絶に至った可能性が高いです。広報でいえば、コンテンツそのものは嫌でなくても、アプローチ方法が気に食わないとブロックされます。アプローチのどの点がボトルネックになっているのかを特定し、修正していくのがナッジ理論の中でも大切になってきます。

■国や企業でナッジのニーズが急激に高まっている

蜷川:家族との対話から社会全体への広報まで、ナッジ理論は広く活用されるべきですね。今や世界各国でナッジが戦略に採用され、日本では、2017年に政府内にナッジを政策に反映させるためのチーム「ナッジ・ユニット」が設置されました。また2019年に閣議決定された「健康寿命延伸プラン」にもナッジに関する文言が盛り込まれています。

竹林:「健康寿命延伸プラン」では、政府は「2022年までにナッジ等を活用した健康環境づくりに取り組む企業・団体を7,000にする」という目標を掲げています。このため、健康経営の中でナッジのニーズが高まっています。

また、若い世代は「ナッジで人を動かすこと」が標準的な考えになりつつあります。たとえば管理栄養士の国家試験では、ナッジが出題範囲になっていて、2021年も出題されました。学生でもナッジを学ぶ機会が増えてきています。

特にコロナ禍において、社会全体が疲弊しています。こういう状態では負の認知バイアスも強まりやすくなるのです。予防行動を促すためには、正しい情報提供やインセンティブだけでは限界があります。ナッジを組み合わせることで、今まで欠けていたパーツが補完され、有効な行動変容策が打てる可能性が高まります。

■楽しさを伴う動機づけが何より重要

蜷川:ナッジについて専門的に研究されてきた竹林先生が推奨している、ナッジの最新のフレームワークが「F+EAST」です。これはどういうものでしょうか。

竹林:「F+EAST」は、ナッジ提唱者の一人、キャス・サンスティーン博士が提唱しているものです。ノーベル賞を受賞したセイラー博士が提唱しているのが「EAST(Easy, Attractive, Social, Timely)」で、これにキャス・サンスティーンが「Fun」の意であるFを加えました。

Funは「楽しいと感じると自発的に行動する」という、動機づけの本質にかかわってくる要素です。Funの例としてはポケモンGOがわかりやすいですね。特別な健康情報や金銭的インセンティブを提供せず、「楽しいから」との理由で多くの人の歩数を増やしました。

蜷川:竹林先生はなぜ、「Fun」を加えた「F+EAST」のほうを推奨するのでしょうか。

竹林:相手に対して印象づけようとするとき、われわれはつい「Attractive(興味をそそる)」に注力します。「あなたが健康づくりをすると月1万円得しますよ」と言うよりも、「健康づくりをしないと月1万円損しますよ」と言ったほうが、人間の心理として2.5倍高く評価する、つまりインパクトが強いことが先行研究で知られています。

蜷川:注意喚起するためにネガティブアプローチをしがちですね。

竹林:しかし人間の心理をもっと追求していくと、「Attractive」だけでは動かない人たちがいることがわかります。わかりやすく説明するために、喫煙者の例を出しても良いでしょうか。愛煙家の皆さん、ごめんなさい。

蜷川:大丈夫です。あくまで一般的な例ということで。

竹林:たばこのパッケージには健康リスクの警告が印刷されています。喫煙者はたばこを吸うたびに、日に10回ほどはパッケージを見て、ネガティブなメッセージを受け取っていることになりますが、それでも喫煙を続けます。こういうケースを見ていると、われわれが重視してきたインパクトも、思ったよりも行動に影響を与えていないのではないかという考えに至ります。

また、喫煙を続ける人はリスク愛好的な傾向があるという研究報告もあります。リスク愛好性が一概に悪いとはいえませんが、こと健康の文脈になりますと、リスク愛好性の強い人に健康リスクを訴えてもなかなか響かないものがあります。だったら楽しい方向にもっていったほうが良いです。

蜷川:このプラスされた「F」が、非常に重要な一つのポイントになってくるんですね。

竹林:とはいえ、コンテンツそのものでは、わくわくするような楽しさを刺激するのは簡単ではありません。そこで今、注目されているのかゲーミフィケーション(ゲーム化)です。

多くの健康アプリは数値のフィードバックによって動機づけしていく設計になっています。あれは健康の意識が高い人はいいのですが、そもそも「健康になる」と決意した人でなければダウンロードしないという問題があります。

楽しさをきっかけにすれば、単純にゲームを楽しみたいという人も参加して、結果として健康になれます。そこには金銭的インセンティブも発生しませんし、健康教育のような説得感も出てきません。

蜷川:「OZMA Nudge Social Design Unit」では、竹林先生監修による、ナッジを気軽に学べるクイズゲームも開発しました。すでに研修会や学会学術大会でも実施し、好評を得ています。

竹林:これは形式化された研修会にナッジを効かせる、というのが開発の発端です。座学があってグループワークして、という従来型の研修会だと、グループワークがそもそも苦手という人もいます。クイズゲームであれば、職場の人間関係などのノイズも入らず、個人で没頭することができます。

他の人はどうあれ、自分でそこに没頭して心の扉を開いてから内容に入っていく。同じ内容でも、「面倒だな」という思いで始まるより、没頭して「こういうことか」と基本を理解してから入っていくというように、順番を変えるだけでその後の興味や集中が変わるということが、さまざまな研究からも明らかになっています。

蜷川:ゲームという、楽しく没頭できるツールを最初のきっかけにすることで、認知バイアスも解消されて意識が変わっていくんですね。

竹林:おっしゃるとおりです。PR動画をつくったとしても、最初の数秒が面白くなければたちどころにスキップされ、続くコンテンツを真面目に見ようという気持ちも失われます。まずは人の気持ちを惹きつけるためにも、ゲーム要素は有効です。

■ナッジとPRの親和性は?

蜷川:「OZMA Nudge Social Design Unit」は「ナッジ×PR」がテーマです。竹林先生から見て、ナッジとパブリックリレーションズの親和性はどうお考えですか。

竹林:PRの究極のゴールは「人を動かすこと」であり、その意味でナッジとの相性は良いです。ただし、内容がどんなに素晴らしいとしても、ごちゃごちゃし、魅力や楽しさが感じられず、自分以外誰も見ていないような感じがして、さらに忙しいタイミングで提示されたPRは、相手を動かすことはできないでしょう。せっかくのコンテンツ、心理特性に合った設計にすることで、人を動かすパワーが生まれます。

既存のPRは誰も取りこぼさないようにという思いが働くあまり、欲張りになって情報過多になっているケースも少なくありません。世界の研究で一致しているのは、情報過多は行動の最大の阻害要因になるということです。ノイズがあると、そこで行動がストップしてしまいます。

蜷川: PRの「パブリック」を広く捉えすぎ、取りこぼしなくすべての人にメッセージを届けたいと考えるのは、企業側、発信する側の論理です。今はコミュニケーションもどんどん細分化しています。受け取る側のことを考えれば、より小さなコミュニティや個人の規模で、その人が動きたくなるような後押しを提供する必要がありますね。

竹林:そうですね。動かしたい人の最大のボュームゾーンを設定して、どのような属性やニーズをもっているのかという、いわゆるペルソナ分析したうえで、その人たちの心を動かすためにナッジを設計するのが良いと思います。

また、無関心の人を広報やナッジで動かすのは難しいという認識は、戦略を立てる際には共有しておくべきです。行動変容のステージには、無関心期・関心期・準備期・実行期の4つのステージがあり、広報で特に動かしやすいのは「準備期」、心の準備ができていて、あともう一息で動きそうな人です。

禁煙をしたほうがいいなと考えている人に「そもそも禁煙とは」「たばこを吸うと損しますよ」と当たり前のことを話してもあまり意味はありません。それよりは「たばこを吸う人のストレスはどれくらいですか」というクイズにしたほうがずっといいです。

喫煙のストレスを金銭換算すると、年額200万円のお金を失っているのと同じくらいと言われています。月にして17万円の損と匹敵するぐらいのストレスになると知れば、「そんなに自分はストレスがあるのか」と、ちょっと心が開きやすくなります。心の壁を武装解除してくれてから本題に入らないと、いきなり切り込んでも、相手もそれ以上の壁をつくってしまいがちです。

蜷川:あまり一足飛びに解決しようと考えないほうがいいんですね。具体例も交えてくださって、ナッジを利かせたコミュニケーションとはどんなものか、よくわかりました。

(後編へ続く)

ナッジの専門知識を活用した情報発信支援やオリジナルのナッジ研修メニューを提供する専門チーム
「OZMA Nudge Social Design Unit」

社会潮流研究所 主任研究員
蜷川 昭文

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